今年1月の米非農業部門雇用者数は前月比51.7万人と予想をはるかに上回り、労働市場が一層拡大していることがわかった。10年債利回りは上昇し、それによって株式は売られ、円は押し下げられた。失業率は3.4%と3カ月連続で低下したが、まだ低下するだろう。過去の政策金利と失業率の関係をみると、政策金利が引き上げられる過程では、失業率はまだ下がっており、政策金利が上限に達し、高原状態のときに、失業率は底をつけているからだ。そして政策金利が引き下げられるにつれて、失業率は上昇していくのである。
これほど低い失業率は1969年5月以来であり、稀に見る良好な雇用環境である。25歳以上の失業率は2.8%、なかでも高学歴者(全雇用の38.5%)は2.0%と日本よりも低い。労働需給はタイトであり、労働者に有利だが、1月の賃金は前年比4.4%と低下傾向を示している。ハイテク関連企業は解雇しているが、サービス部門の雇用は引き続き拡大している。特に、ヘルスケアや接客業、教育、医療関係などは大幅に伸びている。
ここまで失業率が低下してくると労働供給面から経済成長を阻害するのではないか、との懸念が生じる。だが、雇用を総労働力人口(雇用者+失業者+非労働力人口、A)で割った比率(雇用・総労働力人口比率(E))は今年1月、60.2%と緩やかに上昇しているけれども、新型コロナ以前の2020年2月(61.1%)を依然下回っている。2020年4月には51.3%へと急低下したが、これは統計を遡ることができる1948年以降の最低を大幅に更新した。
Eは景気変動によって変化するもののITバブルまでは、トレンドは概ね右肩上がりであった。2000年5月(景気の山、2001年3月)の64.4%が過去最高であり、リーマンショックによって、2010年11月には58.2%まで低下した。その後、新型コロナによって急落するまで上昇していた。
Eは回復したとはいえ、まだ5年前の水準であり、Aに比べれば雇用の水準は決して高くないのである。労働参加率((雇用者+失業者)・A比率)は1月、62.4%と2020年4月の60.1%からは回復してきているが、1年前とは0.2ポイントの上昇にとどまり、足踏み状態である。労働参加率も2000年前半の67.3%をピークに低下していたが、リーマンショックで一段の低下となり、基調は右肩下がりである。
1960年代、労働参加率は60%を下回っていたが、1970年代以降は2000年にピークに達するまで上昇し続けていた。同じことであるが、同期間、非労働力人口比率(非労働力人口・A比率)は低下し続けており、非労働力人口が労働市場に流入していた。それが、ITバブル後は、解雇されれば仕事を探すのではなく、仕事探しを諦め、労働力市場に戻ってこなくなった。昨年末の非労働力人口比率は37.7%だったが、10年前の2012年12月は36.3%、さらに10年前の2002年12月は33.7%であった。
今年1月の労働参加率は男70.2%、女58.3%であり、いずれも、新型コロナ前の水準を下回っている。男女で11.9ポイントの差があるが、男よりも女のほうが回復している。女の労働参加率は2016年を底に緩やかに上向いているが、男は2015以降、ほぼ横ばいである。それが新型コロナで下方に押し下げられ、いまだに2020年1月を1.4ポイント下回っているのだ。一旦、失った仕事から新たな仕事を探し、就職するということは難しいことなのである。
今年1月の非労働力人口比率は37.6%だったが、仮に10年前の36.3%であったとすれば、1月の労働力人口は1億6,583万人に358万人が加わることになる。つまり、米国の労働事情は逼迫しているのではなく、まだ余力が十分にあるということなのだ。失業率が低下し、雇用環境が改善すれば、賃金は上がり、仕事の魅力は高まる。雇用が増加すれば、購買力は増し、需要は拡大するだろう。米国経済はこうしたプロセスをまだまだ追求していくことができるのかもしれない。
非農業部門雇用の長期の趨勢が、どのように推移していたかを検討しておこう。昨年12月と10年前の2012年12月を比較すると1,948万人増である。2012年12月までの10年間では460万人、2002年12月までは2,096万人それぞれ増加しているが、2012年12月までの雇用増は他の10年間の増加数の4分の一程度に落ち込んでいる。2012年12月までの人口増加数は2,677万人増であり、2002年12月までの3,103万人に比べれば少ないが、2022年12月までの1,887万人よりは多い。雇用増の著しい縮小は明らかにリーマンショックの影響によると考えられる。金融恐慌の恐怖からなかなか抜け出すことはできず、企業は先行きを極めて慎重にみていたのだ。
2012年12月までの非農業部門雇用増加率が3.5%でなく、10%であったとし、2022年12月までの増加率は実際の14.4%を用いて計算すれば、昨年末の非農業部門雇用者数は現状よりも965万人多いことになる。2012年までの雇用の停滞が、その後の拡大の余力になっていると言えないだろうか。
雇用が微増にとどまったことから、2012年までの10年間の実質GDPは年率1.86%とその前の10年間の3.34%から急減速した。雇用の伸び悩みによって、個人消費支出が著しく減速したからだ。2012年までの10年間の経済成長率が大幅に鈍化したためか、2022年までの10年間の実質GDPは年率2.10%に上昇した。
FRBは今月1日、FFレートを0.25%引き上げ年4.5%~4.75%とした。前回の上げ幅0.5%よりもさらに小幅とし、FRBは利上げに対してより慎重になってきたことが窺える。次回のFOMCは3月21日~22日だが、2月の雇用統計や1月、2月のCPIがその間に公表される。金利の変更はそうした指標次第と言えるが、これからの高々0.25%程度の利上げが、実体経済に及ぼす効果はほぼゼロだろう。10年債利回りが3.5%前後から大幅に上がることない。過去20年間の名目GDPは年率4.3%であり、向こう10年間の成長率がこれよりも高くなる可能性は低く、むしろ、これを下回るだろう。
昨年12月のFOMCの経済予測によれば、2023年第4四半期のGDPは前年比0.4%~1.0%である(1月末公表のIMF世界経済予測は2023年米第4四半期前年比1.0%)。FRBが成長を望むのであれば、できるだけ早く利下げに転じるべきだ。FFレートを3%に引き下げ、成長を促す姿勢を示せば、10年債利回りは、今のような3%台半ばの水準で安定するだろう。
FRBはFFレートを2007年8月の5.25%から16カ月後の2008年12月にはゼロへと引き下げ、2015年11月まで約7年間ゼロ金利を続けた。だが、2015年までの7年間の実質GDPは年率1.52%とその前の7年間よりも0.86ポイントも低下した。ゼロ金利を解除したが、新型コロナで再びゼロに回帰するなど金利が変動した2022年までの7年間の成長率は2.03%だった。貨幣だけに備わっている流動性プレミアムをゼロにしても、実体経済はまったく振るわなかった。FRBの金融政策と実体経済との関係は極めて薄いのである。金融経済だけが、ゼロ金利の恩恵を受け膨張しただけである。マネタリズムが深くしみ込んでいるFRBでは適切な金融政策を打ち出すことはできない。これは日銀にも言えることだ。