日銀が大規模緩和策の副作用の点検を行うとの報道をうけ、円ドル相場は一気に127円台に突入した。昨年5月第4週以来の円高ドル安である。長期金利は一時上限の0.5%を超え、さらなる利上げを織り込む動きを見せている。債券先物は激しく売られ、昨年12月20日以降に売り建てていた玉にも巨額に利益が発生している。現物のヘッジ売りも膨らんでいるが、日銀は利上げではない、というはぐらかす姿勢に投機筋が挑んでいる。
急速な円高で(WTI×円ドル相場)は直近、昨年5月をピークに低下しており、足元ではピークから約30%減、前年比でも下回っている。過去のWTIの円換算値とCPIコアの関係は前者がピーク付けてから数カ月から1年弱でCPIもピークを付けており、今回もCPIは今年の早い段階でピークアウトするだろう。そして、年末には1%未満の従来のような低温の状態にもどるのではないか。
日銀保有の国債は2013年末の181兆円から2022年末には564兆円へと9年で3.1倍に急増した。日銀がこれだけ巨額の国債を購入できたのは、家計などの金融機関への預金が潤沢にあったからだ。金融機関等が保有している国債を日銀が購入すれば金融機関には現金が資産に計上される。本来であれば、この現金を貸出や有価証券で運用するけれども、民間企業の資金需要は弱く、貸出は低調である。したがって、余剰資金は日銀の当座預金に向かうことになる。日銀はこの当座預金で国債を購入する、こうした流れが続いているのだ。
金融機関に家計等からの預金の流入が継続していく限り、日銀の国債購入も可能となる。日銀の『資金循環』によれば、昨年9月末の家計金融資産は2,005兆円、そのうち1,100兆円が現預金であり、前年比27兆円増である。金融資産のなかの現預金の割合は54.8%と1997年以降では大きな変化はみられない。ゼロ金利は長期化し、預金利息はほぼゼロの状態でも現預金への執着は強いのである。国が「貯蓄から投資へ」と口酸っぱく言っても一向に預金重視の姿勢は変わらない。国の言うことなど信用していないのだ。
家計だけでなく民間非金融法人でも現預金は増加し続けており、昨年9月末は330兆円、金融資産のなかでは最高の26.0%の割合を占めている。日銀が500兆円を超える国債を保有しても家計等の現預金の増加を前提にすれば、日銀はまだまだ国債を購入することができるのである。
日銀が国債の購入額を減らせば、金融機関等が代りに取得することになり、特別不都合なことは生じない。日本は長期的に貯蓄超過の状態にあり、このことが経済成長を抑制している。民間設備投資が弱く、貯蓄を吸収できなければ、超過貯蓄は公的部門や輸出増で償うしかない。最終的に辻褄を合わせるのは公的部門なのである。もし、公的部門が支出の拡大をしなければ、経済は収縮を余儀なくされるだろう。日銀が国債を購入することには、持ち手が代わるだけで然したる問題は生じないが、国債利回りをコントロールすることは間違いである。そのことは前々号で指摘しておいた。
日銀は国債購入だけでなく上場投信(ETF)や不動産投資信託も購入しており、株式市場を歪めてしまった。ETF買いは2010年12月から始まり、2013年4月には年1兆円、2014年10月年3兆円、2015年12月年3.3兆円、2016年7月にはそれまでの約2倍に当たる年6兆円へと購入額を拡大していった。2013年末、日銀のETF保有額は2.49兆円だったが、3年後の2016年末11.14兆円、その3年後の2019年末28.25兆円、そして2022年末には36.97兆円、2013年末の14.8倍に急増している。ただ、2020年末から2022年末までの2年間の購入額は1.67兆円にとどまり、購入に慎重な姿勢をみせている。日銀の買いが鈍ると株式も途端に勢いを失い、株価は2021年9月をピークに上値は抑えられている。
日銀の悩みは債券ではなく、株式に深く関わりすぎたことであり、引くに引けない状態に陥っている。中央銀行が博打場でひとり相撲を取ったことの罪は深い。日銀の買いで株価は上昇したが、はたして上手く売り抜けることができるだろうか。日銀がETFを売ることが知れ渡れば、だれもが我先にと売りを急ぎ、パニックのような状態に陥りかねない。日銀保有のETFには今のところ14兆円程度の含み益が発生しているが、国債利回りの上昇に伴い、株式は軟調になり、そこへ日銀の株売りが現れると株式は一気に崩れることになろう。
今年の世界経済は大幅に減速し、株式を決める最大の要素である利益が減益に転じれば、言わずもがなだ。日銀は国債と株式の最大保有者だけに、同時に値が崩れることになれば、日銀は債務超過に陥ることになる。日銀は言葉遊びなどしている場合ではない。すでに、尻に火が付いた状態なのだ。
「人間的である以上に、体裁を保ち、因襲的な世間体を装うことが、銀行家の仕事の当然の一部になっている。生涯にわたるこのような習慣のために、銀行家はもっともロマンティックで、もっとも現実離れした人間と化している。自分たちの立場に疑念を起こさせてはならないということ、手遅れになるまでは、自らの立場を自分で決して疑わないということ、それだけが彼らの常套手段なのである。彼らは、無邪気な一般市民と同じように、自分たちが住んでいる邪悪な世界の危機に遭遇したときには、その危機が成熟しきったときには、それ相当に憤慨はする。しかし、彼らはそれを予測しないのである。それこそ銀行家の陰謀だ! などという考えは馬鹿げている! ただ私はそうであってほしいと願っている位なのだ! だから、もし彼らが救われることがあるとすれば、それは自分たち自身に反抗する場合以外にないだろう。私はそれを期待しているのである」(ケインズ、『貨幣価値の崩壊が銀行に及ぼした帰結』(1931年8月))。
大企業全産業の当期純利益(法人企業統計)は2011年度、減益だったが、その後、2018年度まで7年連続の増益、2013年度は過去最高を更新、それから5年連続で過去最高を更新した。2019年度と2022年度は2年連続の減益となったが、2021年度は66.7%も急増し、再び過去最高を塗り替えた。2021年度と2011年度の当期純利益を比較すると3.74倍に急増し、2012年末からの株価引き上げを主導した。
こうした収益面での裏付けに加えて、日銀のETF購入とゼロ金利政策が株式を後押ししたことは間違いない。純利益の拡大だけでも株式は上昇するが、そうした勢いに日銀の株買いが拍車を掛けた。流通市場の活況度を示す売買回転率(株数ベース、東京証券取引所『統計月報』)は2004年、113.6とバブル期の1988年(98.1)を超え、過去最高を更新したが、その後も売買の活況は続き、黒田総裁が登場した2013年には221.1と異常な状態となった。100%超は昨年まで19年連続であり、世界でも類を見ない超活況の流通市場なのである。
2013年度の個人株主数(延べ人数、日本取引所グループ『株式分布状況調査』)は4,575万人だったが、2017年度には5,000万人を超え、その後も毎年増加し、2021年度は6,460万人へと増加した。だが、時価総額ベースの個人の株式保有比率は2013年度の18.7%から2021年度には16.6%へと低下している。ゼロ金利で個人が株式売買に頻繁に関わってはきたけれども、短期売買に終始しており、長期で保有する意識の薄さが窺える。
株式の本来の目的は資金調達なのだが、2013年の発行市場は1.8兆円と流通市場の異常な売買高とは裏腹に極めて低調であり、2021年度までには1兆円を下回る年もあった。企業は発行市場での調達よりも、自社株買いに積極的であり、2013年度の資金調達は増資がマイナス3.6兆円、短期借入マイナス1.9兆円などで外部調達はマイナス1.8兆円となり、内部調達は102.4%と資金調達額を超えている。2021年度でも増資はマイナス10.6兆円であり、内部調達で90.5%の資金を手当てしている。つまり、日本の株式市場はほぼ流通市場だけとなり、美人探しという遊技場に堕落してしまったのだ。
有価証券取引税の廃止や手数料自由化、スマホ取引など、だれでも簡単に株式市場に参加でき、自由に取引できる市場にしたことが、世界でも稀にみる異常な流通市場を作り上げた。膨大な個人株主が、スマホの小さな画面を四六時中睨みながら株式に熱中する社会は、決して健全とはいえないだろう。株式や為替など超短期売買に明け暮れる社会からは、明るい未来像を描くことはできない。
2022年第3四半期までの過去10年間の名目GDP成長率は年率0.9%であった。一方、同期間、日経平均株価は年率9.35%も急騰した。これだけ株式が急拡大したにもかかわらず、名目GDPは1%に満たない超低成長しかできなかったのである。株式拡大の経済へのプラス効果は皆無であったと言ってよいであろう。これだけ株価が上がれば含み益は膨らみ、消費になにがしかの影響があってもおかしくない。また、株式での資金調達も容易になり、設備投資意欲も強まるはずだ。だが、そうした動きはまったく出てこなかった。流通市場でお祭り騒ぎが演じられただけである。いくら売買が活発になったところで、頻繁に再評価という遊戯が行われていただけであり、消費や設備投資などは沈黙したままであった。
株式流通の異常な賑わいを正常化するには、株式市場を近寄りがたいものにすることだ。刻一刻の再評価に目を凝らすのではなく、少し長い視野で株式を捉えなければならない。投機を鎮めるためには、ブローカーへの高い手数料、有価証券取引税の再導入、さらに重い金融課税が役立つ施策となる。それによって、所得と富の著しい不平等も是正されるだろう。