ゼロ金利やITの普及・高度化でもゼロ成長に近づく日本経済

投稿者 曽我純, 1月9日 午前9:00, 2023年

今年度上半期の実質GDP(年率547.3兆円)は前期比0.8%、前年比1.5%伸びた。新型コロナからの回復後、日本経済は定常状態と言えるような緩やかな歩みである。良くもなければ悪くもない漠然とした足取りである。インフレが喧しく言われていたが、最近の報道では以前ほど耳にしなくなった。円ドル相場は6日、132円7銭だし、WTIは73.77ドルに下落しており、数カ月後には円高と原油安の効果が現れ、CPIの伸びは低下していくだろう。いずれ、日本のCPIの伸びはゼロ近くに低下するはずだ。

長期の日本経済を顧みると成長力はゼロに近づいていることが分かる。2022年第3四半期までの10年間の実質GDPは年率0.48%、その前の2012年までの10年間は年率0.61%であり、さらにその前の2002年までの10年間は年率0.96%であった。いずれの期間も1%に届かず、緩やかではあるが成長率は低下しているのである。だが、バブル期を含む1992年までの10年間では年率3.22%と桁違いの成長力を保持していた。それがバブルの破裂とともに、突然1%に満たない低成長経済に転落してしまった(以下、1992年/1982年をⅠ期、2002年/1992年を第Ⅱ期、2012年/2002年を第Ⅲ期、2022年/2012年を第Ⅳ期とする)。高速道路から込み入った一般道へといった急激なスピードダウンを余儀なくされ、いかに運転すればよいのか、未だにさ迷っている。

こうした10年毎の経済成長率を比較すると安倍元首相が唱えたアベノミクスは、単なるお呪いのようなものであったと言える。経済成長率は第Ⅲ期の0.61%から第Ⅳ期の0.48%に低下、なかでも民間需要は0.52%から0.24%へと約半分に落ち込んでいる。これを補ったのは公的需要であり、0.25%から1.18%へと大幅増だ。何のことはない、アベノミクスは公的需要の積極的拡大で成り立っていたということなのである。三本の矢のうち二本はあらぬ方向へ飛んで行ってしまった。実質GDPに占める公的需要の割合は、2012年第3四半期の24.6%から2022年第3四半期には26.6%へと2ポイント上昇した。

米国の長期成長率はどうであったか。第Ⅰ期3.03%、第Ⅱ期2.78%、第3期1.55%、第Ⅳ期1.75%と推移しており、日本のような不安定な足取りではない。第Ⅰ期の成長率は日本が高いが、第Ⅰ期から第Ⅱ期への減速は小幅である。第Ⅲ期はさらに減速したが、第Ⅳ期は持ち直している。しかも米国の場合、全期間において、民間需要がGDP成長率よりも高い成長をしていた。第Ⅳ期ではGDPは1.75%だが、民間需要は2.25%も伸びているのだ。GDPに占める民間需要の割合は2022年第3四半期、17.0%だったが、40年前の1982年第3四半期には26.1%であった。米国経済は民間主導の成長であり、日本とは対照的である。

日本経済は1980年代の株式・不動産バブルが弾けても、その後処理が優柔不断で遅々として進まず、巨額の不良債権をバランスシートに残したまま身動きが取れない状態であった。不良債権に対する杜撰な対応が日本経済を窒息させてしまったのだ。1997年、山一証券、1998年、長銀・日債銀がそれぞれ破綻したが、それでも日本経済に圧し掛かっていた不良債権がすべて取り除かれたわけではなかった。1999年2月には銀行に公的資金が注入され、2000年10月、みずほ金融グループ、2001年4月には三井住友が発足する。だから、株式は不安定な状態が続き、コールレートは1995年には0.5%以下に引き下げられ、今に至たってもマイナスである。それにつれて、10年国債の利回りも低下基調を辿り、一時マイナスを付けるなど異常な利回りが常態化しており、直近でも0.5%である。

米英の10年国債利回りは3%台半ば、ドイツは2%台前半と米英に比較すれば3%の格差がある。10年物ということは向こう10年を睨んだ利回りであり、長期利回りは長期期待収益に依存している。長期期待収益は名目GDPに概ね近い値である。そうであれば、10年先の日本のGDPの伸びは1%に満たない超低成長と予想されているのだ。G7のなかで10年物国債の利回りが2%台の国はドイツとフランスの2カ国、米国、イギリス、カナダは3%台であり、唯一イタリアだけが4%台である。期待成長だけでなくリスク要因がイタリア国債の利回りを引き上げている。

日本の10年国債利回りは、バブルの頂点を過ぎた1990年9月(8.68%)にピークを付けた。その後、国債利回りは急速に低下傾向を強め、1997年9月には2%を割り込んだ。2%割れから約14年後の2011年末には1%を割り込み、その状態は今もって変わっていない。第Ⅰ期の名目GDPは4.73%も伸びていたが、第Ⅱ期は0.33%、第Ⅲ期はー0.45%、第Ⅳ期は0.9%と経済成長はほぼ止まっている。債券市場は第Ⅱ期の経済成長率がこれほど悪化するとは予想だにしなかったのだ。名目経済成長率が過去30年間、1%に届いていないことが、現状の国債利回りがだいたい妥当な水準であることを裏付けている。名目経済成長率よりも国債利回りが高くなれば、設備投資意欲を阻害することになる。向こう10年を予測しても日本経済は名目ゼロ前後のこれまでの延長線上での歩みとなろう。10年国債の利回りが1%を超えることはない。一時的に超えたとしても、すぐに元の1%割れの状態に戻るだろう。

コールレートは長期間ゼロかマイナスで推移している。下限に張り付けていても、日本経済は動じず、1%未満の成長にとどまっている。もし仮にコールレートが1%超に上昇したら、日本経済はどうなるのだろうか。おそらく、名目経済成長率はマイナスになることは間違いない。コールレートはゼロ前後から引き上げることは不可能である。金融政策はゼロ金利維持の表明を続けるだけで事足りる。

1995年にはWindows95が発売され本格的なインターネットの時代となり、2000年頃、米国ではITバブルが発生した。2008年、「iPhone」が登場、2015年にはスマートフォンの世帯普及率(日本)は7割を超え、現状では9割に達している。ネットワーク環境は飛躍的に高度化され、動画配信、テレワーク、オンライン等も充実してきている。

これだけ情報通信技術とサービスの普及にもかかわらず、日本経済の成長率に変化はみられない。こうした技術革新がなければ、日本経済はもっと酷いことになっていたかもしれないのだが。それでも、デジタル化の進展がどこまでGDP(付加価値)に貢献しているのかは大いに疑問だ。

ネット環境が整備されても主な分野は娯楽であり、そこからは付加価値はうまれない。ゲームにのめり込む、映画や音楽も存分に楽しめるが、時間は一日24時間しかない。そのなかでやり繰りしなければならない。株式や為替取引も簡単にできるようになったが、そのような投機にうつつを抜かせば、本業が疎かになるのは言を俟たない。24時間のなかでしか生活できないので、ゲームや音楽や博打に打ち込めば、それだけ時間が不足してくるのだ。ネットやスマホの中毒が増加し、スマホに支配されることになれば、生活に支障をきたすケースも増加しよう。分かりやすく言えば、国民の多くが株式や為替取引に参加し、そのことに一喜一憂するという博打場に一国が成り下がってしまったならば、国家は破綻するだろう。なにも生産せず、サービスも生み出さなくなれば、立ち行かなくなることは明らかである。

米国の第4期の名目GDPは3.86%と第Ⅲ期3.35%を上回ったが、第Ⅰ期5.72%や第Ⅱ期4.38%に比べれば、大幅に鈍化している。デジタル化が開花し、花弁が大きく開いたけれども、第Ⅱ期、第Ⅲ期と減速していることは、ITは経済を牽引するほどの力を持っていないと言えるのではないか。

米国の人口は2022年第3四半期、3億3,324万人、10年で1,821万人増である。移民が増加数の半分以上を占めており、米国経済の成長は移民に依存している部分が大きい。過去10年の人口増加率は年率0.46%であり、名目GDPの年率から人口の伸びを差し引いた数値を生産性と仮定すれば、第Ⅱ期と第Ⅳ期は3.4%と同じだが、第Ⅲ期は2.6%と低く、第Ⅰ期は4.8%と過去40年間では最高の生産性を示している。ITの進展・高度化にもかかわらず、第Ⅱ期、第Ⅲ期と連続して生産性は低下しているのだ。

日本経済はゼロ金利や情報通信技術の発達でも超低成長から抜け出すことはできなかった。それでも未だにそれらが未来を切り拓いていくのだという。過去30年間を振り返ってみれば、これからさらに情報通信技術が高度化したとしても、日本経済にプラスの効果をもたらすかどうかはわからない。どのような技術であれプラスとマイナスの両面があるのだ。プラスの面があったとしてもマイナスがそれを上回ることも考えられる。

手先の器用な日本人の技術が、血の通わないIT技術に取って代わることになれば、出来上がったものは味も素っ気もないではないか。ITに依存すればするほど殺伐とした風景が至るとこに現れ、本来の人間の営みから離れていってしまうと危惧する。同質性、集団主義に染まりやすい日本人だから、一旦、方向が定まれば、みな同じ進路を進むことになる。ITの進行は、テレビ以上に機械に使われ、隷属し、自己が失われるのではないだろうか。

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