円ドル相場は先月10日、米10月CPIの伸びが低下したことから円安ドル高が修正されつつあったが、先週、パウエルFRB議長の「利上げペースを緩やかにすることは理にかなっている」との発言で、修正は加速し、週末134円30銭と今年8月中旬以来3カ月半ぶりの相場に戻った。週間の対ドル上昇率は円の3.3%に対して、ユーロ、ポンド、スイスフランはそれぞれ1.4%、1.6%、0.9%であり、円の上昇が際立っている。急激な円安ドル高を引き起こした主因である米政策金利の上昇が、近いうちに打ち止めになりそうだという期待が強まってきているからだ。米10年債は、すでにそうした見通しを織り込みつつあり、利回りは今年9月14日以来の水準に低下し、FFレートを26bp下回っている。その時の円ドル相場は143円15銭であり、今はそれよりも9円弱の円高ドル安だ。この水準からさらに円高ドル安に進むには、米10年債利回りの一層の低下が必要である。
今年第3四半期までの10年間の名目GDPは年率3.85%であり、10年債利回りはこれをすでに下回っている。向こう10年間のGDP伸び率が3%台半ばであれば、現状の10年債利回りが大幅に低下することは期待できない。3.5%を中心とした動きが継続していくのではないだろうか。米10年債利回りの低下が期待できないならば、円ドル相場も130円台での小幅な値動きとなろう。
米インフレが来年第1四半期にかけて目に見えて改善していくならば、FRBの金融政策変更の期待が高まり、それにつれて債券利回りの低下も誘発されるかもしれない。そうした場面に出くわすと円ドル相場もそれなりに反応するのではないだろうか。
今年7-9月期の米実質GDPは前年比1.9%と前期並みの低い伸びであった。11月の米非農業部門雇用者は前月比26.3万人増加し、賃金も前年比5.1%増加するなど、今のところ、米国経済は深刻な不況に陥る兆しはみえず、前期並みの低空飛行を続けることは可能だろう。7-9月期の賃金・報酬は前年比7.9%増加したことから、個人消費支出主導の成長だった。11月の賃金が引き続き伸びているため、個人消費支出は今年第4四半期も実質前年比2%程度は伸びるだろう。ただ、10月の賃金・報酬は前年比7.1%増加しているが、所得税が18.9%増加したため、可処分所得は2.8%の伸びにとどまり、実質では3.0%減となった。可処分所得の伸びが低下したため、貯蓄率は2.3%に低下し、米家計の懐具合にはゆとりがなくなってきているようだ。
FOMCの予測目標であるPCE(個人消費支出)物価指数は10月、前年比6.0%と2022年目標(5.3%~5.7%)を上回っているが、目標に0.3ポイントまで接近しており、12月には予測値に収まることもあり得る。インフレの原因である原油高はバレル=80ドル程度で推移しており、原油高のよるインフレは徐々に解消されつつある。米10年債利回りは過去10年間のGDPの伸びを下回っているけれども、一時9%を超えていたインフレが来年後半には3%前後に落ち着く見通しが強まれば、依然低下余地はあるだろう。そのような期待が膨らむならば円ドル相場はさらに円高に動くことになる。
米国経済はそれほど悪くはならないと株式市場関係者はみているようだ。先週末のNYダウは昨年末比5.3%減までに回復してきている。今年第3四半期の企業利益(税引後)は前年比1.3%だった。2022年では5%前後であり、足元の期待利益からは買い進むことは高いリスクを抱え込むことになる。来年の利益も一桁行くか行かないかでは株式の妙味はない。債券利回りは配当利回りを上回っており、株式よりも債券への資金配分を企てたほうが賢明な選択かもしれない。
日経平均株価は昨年末3.5%減まで戻している。円安ドル高による輸出増によって、7-9月期の大企業製造業の経常利益は前年比44.1%増加し、第3四半期としては過去最高である(財務省の『法人企業統計』)。こうした二桁増は8四半期連続であり、稀なことである。非製造業にしても7四半期連続の増益であり、日本企業は空前の利益を享受していると言える。こうした企業収益の大幅な拡大期にしては、日本株の売買取引は控えめだ。今年度も当期純利益の大幅増が期待でき、株価収益率の低下と配当利回りの上昇が見込める。こうした好調な企業業績によって、日本株は底堅く推移するだろう。
だが、これだけ巨額の経常利益が出るのは、営業外収益の拡大と人件費の抑制によるものだ。7-9月期の大企業製造業の売上高は前年比15.3%も拡大しているにもかかわらず、人件費総額はたった1.5%増にとどまっている。なかでも、従業員の給与は0.5%とほとんど伸びず、賞与も5.8%に過ぎない。役員の給与と賞与は2.3%、9.7%それぞれ伸びており従業員の給与を上回っており、役員には手厚い。
今年7-9月期の全規模全産業の経常利益は前年比18.3%増の19.8兆円だが、規模別では資本金10億円以上の大企業は12.1兆円、構成比61.1%、1億円以上10億円未満の中堅企業は3.5兆円、17.7%、1億円未満の中小企業は4.2兆円、21.2%となっている。売上高経常利益率は大企業8.1%、中堅企業4.6%、中小企業3.4%と規模の低下とともに低下し、従業員一人当たりの経常利益額は大企業169.2万円、中堅企業51.5万円、中小企業22.9万円であり、大企業と中小企業では7.3倍の格差がある。従業員一人当たりの給与(賞与を含む)も大企業150.4万円、中堅企業112.5万円、中小企業89.3万円の開きがある。従業員数は大企業715.3万人、中堅企業679.8万人、中小企業1827.3万人と中小企業が総従業員の56.7%を雇用しており、大企業は22.2%にすぎない。まさに、日本では、大企業を頂点としたピラミッド型の企業組織が構築されており、所得や富は大企業に集中・集積されている。こうした歪な企業構造が消費や投資を妨げており、延いては日本経済低迷の原因となっているのではないか。
10月の輸出は前年比25.3%の1.8兆円増加したが、その大半は大企業の懐に収まっているのだろう。大企業製造業の売上高と輸出額の相関関係は強く、輸出額が前年を上回れば、大企業製造業の売上高が増加する傾向をはっきり読み取ることができる。円安ドル高は大企業製造業にとっては願ってもない好機なのである。だが、円安ドル高はピークアウトし、円高ドル安という逆風に晒されることになるだろう。国内需要は長期停滞に陥っているので、頼りは外需だけという厳しい環境が待ち構えている。為替に一喜一憂するような生産・販売体制から長期を見据え、地に足のついた企業経営をいかに作り上げることができるかが、日本企業の最大の課題だと言える。