利上げはインフレに有効か

投稿者 曽我純, 11月28日 午前8:56, 2022年

円ドル相場は130円台が定着しそうだ。これまで対ドルで他通貨よりも売り込まれていたためか、過去1カ月間の対ドルでの上昇率は円が最大である。10月20日には150円を突破するまで円安は進んだが、トレンドは変わったようだ。米CPIの上昇率は緩やかに低下しており、さらにインフレが激しさを増すことはなさそうであるからだ。インフレの原因である原油高も先週末には76ドルと昨年末に接近してきた。インフレが徐々に低下していく見通しが強まれば、米10年債利回りは一段低下するだろう。11月開催のFOMC議事録要旨には、多数の政策担当者が利上げペースの鈍化が間もなく適切になると記され、米債券市場は大いに反応したが、実態は当局よりもさらに進んでいると想定しておいたほうが賢明なのではないか。

1914年以降100年超の米長期CPI(前年比)を観察すると、大きなブレにCPIが見舞われたのは第1次世界大戦、大恐慌、第2次世界大戦、2度のオイルショックのとき、である。だが、第2次オイルショック後の1982年後半以降、物価はほぼ安定していたと言える。特に、1991年後半からは極めて安定しており、高くても3%台、リーマンショックによる不況ではマイナスに陥ることもあった。

ITによる経済への寄与が叫ばれていたけれども、米国経済の成長率を引き上げる力はなかった。経済成長率の変動が小幅にとどまることは、物価にも好ましい影響を与えるのである。雇用や設備稼働率が大きく変化することがなく、安定的に使用されていたからである。雇用や設備稼働率が安定していれば、賃金も安定的に推移するだろうし、生産も見通しから大きく逸脱することはなく、着実に収益を確保できるからだ。

戦争や突然起こる金融恐慌などが勃発すれば、混沌とした状態に陥り、生産や雇用の収縮を余儀なくされ、ものが市場から消えてしまうことになる。現在の生産・供給体制が世界的な規模で構築されているため、元の体制を確立するには従来以上の時間を要するだろう。ものが希少になれば、物価上昇は必至だ。これは金融政策で是正できることではない。ものが社会に十分に出回るまで物価高は続くことになる。が、大きな景気変動に襲われたとしても、需給の乖離は時間の経過とともに、解消されていき、ものがより潤沢に出回るようになれば物価は自然に落ち着いていくのである。

金融政策が経済変動の是正にどれだけの効果があるかは、はなはだ疑問。需給のバランスを取り戻すには需要と供給を拡大、縮小させねばならない。現在の経済は金融資産が溢れており、実体面への金利の影響力は薄れている。巨額の金融資産が敏感に反応するのは金融経済の分野なのだ。家計も企業も金融資産は厚く、金利の上下動で消費や設備投資を変えることはできないと言ってよいかもしれない。

そういった、過去の経験を顧みるならば、今回の新型コロナ、さらにロシアのウクライナへの侵攻によって、悪化した米インフレも需給の改善が進むにつれて、緩やかになり、そしていつの間にか、新型コロナ以前の1%台の極めて落ち着いた物価環境に復位するだろう。

2000年までの10年間の米CPIの年率の伸びは2.71%、同様に2010年までの10年間は1.94%、さらに2020年までの10年間では1.44%と段階的に低下している。米CPIは長期低下基調にあったのである。新型コロナや戦争が起こらなければ、米CPIは1%台で推移していた可能性が高い。FRBが目標とする2%を20年以上前から下回っており、2%目標は有名無実化していたのだ。日銀も右に倣えと2%を掲げているが、まったく的外れの虚しさが漂うばかりである。

米CPIが長期低下トレンドを示していたことは、IT革命などと唱えながらも、現実には需要は盛り上がらず、経済成長率もCPIと同じように、右肩下がりであったのである。2000年までの10年間の実質GDPは年率2.85%伸びていたが、2010年までの10年間では1.46%に大幅に落ち込み、2020年までの10年間は1.40%であった。

CPIは実質GDP成長率と同じような伸びと傾向を示していたことが窺える。経済成長率が高いことは需要が旺盛であり、超過需要の状態が起こりやすいので、物価は上昇しやすいのである。半面、経済成長率が低下すれば、超過需要の状態は解消され、買い手が有利となり、物価の上昇は抑えられることになる。

2010年までの10年間の実質GDPの伸びが、その前の10年間の半分近くまで落ち込んだことの物価への影響は、CPIからみても明らかである。2020年までの10年間の成長率が、その前の10年間並みの成長を維持できたことにより、CPIの低下幅は小幅となった。

2030年までの10年間の実質成長率が過去の10年間の1.40%よりも高くなるとは考えにくい。IT関連の設備投資はかつての鉄鋼や自動車ほどのインパクトはなく、民間設備投資の重要性は低下してきている。結局、米国経済が成長を続けるには、個人消費が拡大していかなければならないのだが、今の、ほぼ完全雇用の状態では雇用を大幅に拡大することは難しく、労働供給が成長を抑制するのではないだろうか。

2020年までの10年間の実質GDP成長率は1.40%だったが、名目は2.83%であった。その前の10年間の名目は3.25%であり、こうした名目成長率が10年債利回りの水準を定めていくはずだ。先週末の米10年債利回りは3.68%と10月24日のピーク4.24%から56bp低下した。だが、過去の名目成長率に比べれば依然高く、低下する余地は十分にある。

第1次オイルショックのとき、米10年債利回りはCPIの上昇率のピークよりも4カ月前にピークを付けていた。一方、第2次オイルショックでは、10年債利回りはCPIの1年8カ月後にピークを付けた。おそらく、1980年3月のCPIは前年比14.8%まで急騰し、石油高騰の恐怖を引きずり、インフレは簡単には収束しないとの予想が支配していたからではないか。そのとき、FFレートは14.0%まで引き上げられたが、CPIがピークを付けた約1年後であり、こうした政策金利の引き上げが国債利回りの低下を妨げたともとれる。ものが枯渇、不足する状態では、いくら政策金利を引き上げても容易にインフレは収まらない。物価の上昇には、需要を抑制し、あらゆるものやサービスに物価高が波及しつくすまで耐えることも大事である。金利を上げれば、国債利回りは上昇し、国債を売り、流動性確保が選好される。期待収益率が変わらなければ、金利の上昇は設備投資意欲を低下させるけれども、内部留保が潤沢な今の企業は金利の動向には左右されないのではないか。

ユーロ圏19カ国は共通通貨を使用し、ECBに金融政策を委ねている。10月のユーロ圏のインフレ率は10.6%だが、最低は7.1%(フランス)、最高は22.5%(エストニア)である。国によって、これだけのインフレ格差がありながら、同じ政策金利を適用しているのだ。これだけの格差があるにもかかわらず、同一の金利で経済が成り立つということは、金利のインフレに対する効果は、お呪いに類するもののようである。

利上げで物価の上昇を抑えることができるという常識は再検討されねばならない。

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