岸田首相の「新しい資本主義」とは「ばらまき主義」なのだ

投稿者 曽我純, 10月31日 午前8:32, 2022年

国葬や旧統一教会などで岸田内閣支持率は急低下、これを食い止めるために、政府は28日、『物価高克服・経済再生実現のための総合経済対策』を閣議決定した。総合経済対策の財政支出は39兆円ほどだと言う。なんというばらまき政治、まさに衆愚政治を地で行くのだ。岸田首相の唱える「新しい資本主義」は思想や理念なき、単なるバラマキ主義なのである。

総合経済対策は経済が不況などに陥ったときに、回復の呼び水として講じるものなのだが、不況に近づいてもいないときに、なぜこれほどの大規模な経済対策が必要なのだろうか。閣僚の懐はちっとも痛まないので幾らでも経済対策を連発し、内閣支持率を上げることだけを狙っているのだ。経済対策といっても、花火のようなものであり、すぐに消えてしまうものなのだ。このような超短期的な視野でのみ、過去何十年も花火のような政治をやってきたからこそ、日本経済は長期停滞から抜け出すことができないでいる。長期停滞経済の主因は深部にメスを入れない、表面を繕うだけの政治にあることは紛れもない。

今の経済状態は不況ではない。今年4-6月期の実質GDPは前期比0.9%と3期連続のプラス、前年比では1.6%と5期連続増だ。同期のデフレーターは100.6(2015=100)、前期比-0.2%、前年比では-0.3%と4期連続のマイナスである。9月の失業率は2.6%とG7では最低で、ほぼ完全雇用の状態にあり、個人消費支出も8月、8.8%(二人以上の世帯、名目)伸び、5カ月連続の前年比プラス。消費者物価は上昇しているが、9月、前年比3.0%とG7のなかでは最も低い。

10月の日本PMIは51.7と前月を0.7ポイント上回り、経済は拡大局面にある。一方、米国は47.3と前月比2.2ポイント減、ユーロ圏も47.1と1ポイント低下し経済は収縮しつつある。なかでもドイツのPMIは44.1、前月比1.6ポイント低下し、景気後退必至の厳しい局面に立たされている。

経済対策が必要なのは米国やユーロ圏であって、今、日本には経済対策を講じる必要はないのだ。成すべき事は低所得者向けの支援だけで、後は市場経済に委ねておけばよい。消費者物価の前年比3%で騒いでいながら、39兆円の経済対策を実施することは矛盾している。それだけお金をばらまけば需要は拡大し、物価上昇圧力は増すだろう。3%の物価上昇が許せないと言いながら、39兆円も支出するのである。なんとちぐはぐな政策なのだろうか。

企業業績について、マスコミなどはほとんど触れていないが、好調そのものなのだ。『法人企業統計』によれば、4-6月期の企業業績は絶好調で、経常利益は前年比17.6%と過去最高だった。円安ドル高により輸出額が膨らみ、特に、大企業製造業の利益は急増している。過去の輸出拡大期にも製造業の企業利益は著しく伸びており、円安ドル高による利益押し上げ効果は極めて大きい。

2021年度の輸出は85.8兆円、前年比23.6%増加したが、今年度は100兆円を突破し、前年比では2桁増を維持するはずだ。当然、当期純利益は大幅増益となり、昨年度の過去最高益を更新することは間違いない。昨年度の当期純利益が前年比63.5%も急増していながら、従業員給与(賞与を含む)は6.7%に抑えている。

9月の雇用者数(役員を除く)は前年比41万人増と7カ月連続増である。ただし、増加したのは非正規の63万人であり、正規は22万人減と4カ月連続の前年割れだ。非正規の割合は37.3%と前年同月よりも0.8ポイント上昇、女性に限れば53.9%が非正規であり、宿泊・飲食・介護などの分野で非正規雇用が増加している。

宿泊・飲食・介護などの低賃金非正規雇用の処遇をいかに引き上げるか、が日本経済の課題のひとつである。電力、金融、情報通信などに比較して宿泊・飲食・介護の賃金はあまりにも低い。よくもこれだけ格差が開いたものだ。例えば、『毎月勤労統計』によれば、今年8月の現金給与総額の最高は電気・ガス業(44.2万円)、最低は飲食サービス業等(12.6万円)であり、3.5倍の格差がある。こうした部門は今でも成り手不足だが、低賃金下では、これから人手不足はますます深刻化するだろう。人材を確保できないばかりか、低賃金のままであれば、消費を喚起することもできず、日本経済はこれからも有効需要不足に悩まされることになる。

2012年から2021年までに非農林雇用者数は498万人増加したが、そのうちの36.5%に当たる182万人は医療・福祉部門なのである。それに卸・小売業を加えれば、増加数の47.8%を占めることになる。雇用者は増加しても低賃金であることから、消費にプラス作用する力は弱いのである。

介護や保育などは民間も運営しているが、企業とは違い公的補助に依存している部分が大きく、賃金の上げ幅の余地は乏しい。国が社会全体の報酬体系に見合った低賃金部門の賃金体系を作り上げるべきだ。そうする以外、介護や保育の賃金を引き上げる方法はない。

総合経済対策に掲げられている「中小企業等の賃上げ環境整備」にしても、賃上げをするだけの利益を中小企業は確保できているのだろうか。『法人企業統計』によると、2021年度の全産業の当期純利益は63兆円だった。資本金10億円以上の大企業は40.9兆円と64.9%を占めている。製造業は26.1兆円の当期純利益を上げ、そのうち大企業は20.2兆円、77.3%を占めており、一部の大企業が利益を独り占めしているのだ。これでは中小企業の多くは存続が精一杯の状態ではないか。

中小企業といっても大小無数の企業が存在しており、多くは赤字なのである。全規模全産業の従業員数は4,157万人、大企業にはその17.9%、746万人しか雇用されていない。残り3,411万人のうち中堅企業は1,155万人、中小企業には2,256万人が雇用されており、全体の54.3%が中小企業の従業員なのである。大企業の中小企業支配、搾取構造が存続する限り、5割超の従業員は低賃金から逃れることはできないだろう。

政府はガソリンに加え、電気とガスにも支援すると言う。人気取りのためなら手段を選ばずという方針なのだ。原油価格はピークアウトし、円安ドル高も峠を越えそうだ。市況の一時的な変動にあたふたしては適切な判断はできない。原油や為替は思惑次第で激しく上下するものだ。政治が市場の思惑によって左右されるべきではない。

困っている人を助けるだけでなく、富裕者にも援助することは間違っている。低所得者の限界的は家庭には支援しても、電気やガスが上がっても、なにの心配をすることもない人にまで支援することはない。税金の無駄使いである。

人為的地球温暖化を頻りに喧伝している政府にとっては、原油等の化石燃料の需要減少は歓迎すべきことではないか。それを補助金によって、需要を支えることは、温暖化を助長する政策になる。ガソリン、電気、ガスの使用はいずれも温暖化の原因だ、と言うではないか。これだけ温暖化を主張していながら、電気を始め化石燃料を節約しているようには見受けられない。ネオンはきらびやかに輝き、コンビニの24時間営業は続き、自動販売機の撤去もない。何でもかんでもIT、AI頼りになり、電気を湯水のように使うデータセンターの増設は続く。スマホ等は毎年新製品を発売し、買い替えを促す。スマホだけで年間14億台近く生産されており、買い替えは車よりもより頻繁に行われ、ほぼ生産された数量のスマホのごみがでているはずだ。半導体の微細化は演算速度や小型化を可能にし、買い替えを後押ししている。つまるところ、IT関連企業は、これまでのどの産業よりも新製品を次々に発売して成り立っている自転車操業産業なのである。大量生産・大量販売・大量破棄のエネルギー多消費産業なのであり、温暖化を抑える産業ではない。さらに言えば、世界中が通信網で結び付いているために、情報の安全性確保のためには巨額の資金を投じる必要がある。

「少子化対策」も掲げているが、お金だけの問題ではない。時間の余裕がないのだ。女性だけでなく、すべての男性社員が長期間育児休暇を取れるように、法律で明確に制定すべきだ。有給休暇についても法で定めなければ、完全消化はできない。少子化は日本社会の喫緊の課題だが、政府の取り組みは、企業に配慮して腰が引けている。これまで何度、少子化対策を発表したことか。労働時間に加え、長期育児休暇を義務化するという肝心な点が抜けているため、掛け声倒れに終わっている。選挙と内閣支持率のみを目的とする空疎な経済対策では、日本はもうどうにもならないところまで追いつめられているのだ。

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