中央銀行の金融政策を問う

投稿者 曽我純, 10月25日 午前9:12, 2022年

政府・日銀の介入によって10週連続の円安ドル高は免れたが、介入の効果は一時的だ。円安ドル高がいつまでも続くわけではなく、向こう数カ月で反転することも考えられる。新聞などの一面に為替や物価が躍り出てきているときが、クライマックスを示唆しているようにも思える。政府・日銀も何らかの手を打たねばと介入に踏み切ったのだが、彼らも、本気で、円安ドル高を食い止めることができるなどとは思っていないはずだ。

モノやサービスに利子、配当などの取引を加えた今年第2四半期の米経常収支は2,510億ドルの赤字だった。第1四半期の赤字額は過去最大の2,825億ドルであり、それに次ぐ過去最高レベルの経常赤字が続いている。2022年の経常赤字は半期で5,336億ドル、年間では1兆ドルを超えるだろう。昨年の赤字額は8,463億ドルだったが、これを上回り、5年連続の赤字拡大となる。年間1兆ドルのドルが米国から流失していながら、ドル独歩高が進行しているのだ。世界中にドルが散布され、ドルが過剰になれば、ドルの価値は低減するのではないか。

一方、日本の経常収支の黒字額は急速に減少しているが、それでも8月は589億円の黒字だった。貿易収支は3.1兆円の赤字だったが、利子・配当などの第1次所得の黒字額が貿易赤字額を上回ったからだ。円安ドル高は貿易収支を悪化させるが、第1次所得はプラスに働き、8月は前年比46.8%も急増した。今年8月までの8カ月間の貿易赤字は-13.32兆円だが、第1次所得の黒字額は18.66兆円に拡大し、経常収支ではプラスなのである。

ドルが世界中にばらまかれている状態であるにもかかわらず、ドルが強いのはなぜか。米政策金利の急激な引き上げが、しかもユーロや英国に比較して大幅で急速な利上げが、ドル独歩高を演出した。他国を顧みない米単独主義が金融政策の面にもはっきり表れている。世界経済のリーダーでありながら、リーダーの振舞いではなく、米国第1なのである。

米国がドル高政策を続けられなくなるまで、自分勝手な金融政策を続けるつもりだ。8月の米輸出(モノ)は前年比22.8%と依然高い伸びだが、これだけのドル高になれば、輸出にはブレーキが掛かるだろう。10年債利回りは4%を超えており、30年物住宅ローン固定金利は7%近くまで上昇している。9月の米中古住宅販売件数と住宅着工件数は23.8%、7.7%それぞれ前年を下回っており、利上げの影響は住宅市場に顕著に表れている。住宅が売れなくなれば、家具や家電などの耐久消費財の売れ行きも鈍るだろう。米小売売上高によれば、すでに家具、家電、車などの売れ行きはピークアウトしつつある。

株式離れも侮れず、一段の債券利回りの上昇が起これば、見切り売りが加速するかもしれない。1%台の配当利回りと4%超の債券利回りを比較すれば、ドル流動性確保はさらに強まり、利回りのピーク近辺では債券への資金シフトが加速するだろう。株式と債券利回りの関係をみると債券利回りがピークを付け、低下しつつあるときに、株式は反落しているケースがみられる。つまり、株式のピークは債券利回りのピークの後に来るのである。債券価格が上昇する過程で慌てて、株式を売り債券を買い求める行動を取るというのが一般的であるようだ。

だが、今回は債券利回りがピークに達しない段階で、株式は反落している。消費者物価指数(CPI)が、当初はこれほど上昇するとは想定しておらず、利上げや債券利回りの上昇も今よりも低い水準でピークアウトすると目論んでいた。それが、時間の経過とともに、インフレは衰えるどころか一層激しくなり、それに伴い、FRBの利上げは今までにない速度と幅になった。

ナスダック総合は昨年11月22日に過去最高値を付け、それに比べれば今の株価は33%も安い。2021年末のナスダック総合の5年前比は2.9倍、10年前比では6倍と急騰した。同期間、名目GDPは24.7%、49.5%の伸びにとどまっており、実体経済の1.5倍と株式の6倍の違いを説明することは不可能だ。長期間、FRBがゼロ金利を続けたことに、その原因を求める以外に理由付けはできない。

2021年までの10年間の米名目GDPは年率3.4%成長し、2011年までの10年間3.3%をやや上回った。ゼロ金利も成長に寄与したかもしれないが、ゼロ金利でなくても3%を超える成長をしたのではないか。FRBは「物価安定と雇用の最大化」を金科玉条としているけれども、長期の成長トレンドから逸脱していない成長を続けていながら、目標達成のためには下限のゼロまで金利を引き下げることが、はたして、経済社会に適切で好ましい金融政策なのだろうか。

 第2次石油危機以降の名目成長率とFFレートは、2000年頃までは概ね両者は同じような水準で推移していたが、特に、2008年末からのゼロ金利政策によって、FFレートは名目成長率を大幅に下回ったままであった。名目GDP(前年比)マイナスFFレートは5%近くに広がり、1978年以降では稀な乖離幅であった。

1990年代半ば以降、コアの物価は前年比3%以下で安定していた半面、景気変動の影響を受けやすい失業率のブレは大きく、金融政策は雇用の安定・拡大を図ることに主眼が置かれていた。それにしても、雇用の最大化だけに焦点を絞る金融政策がFRBの仕事なのだろうか。景気が回復すれば、自然に雇用は拡大し、失業率は低下することになり、政策金利を極端に上げ下げしなくても、雇用の拡大は達成されるのではないか。

むしろ、政策金利の振幅が大きくなれば、デメリットがメリットに勝ることにもなる。過去の金融政策を一瞥するだけで、株式、不動産、商品のバブル化は政策金利が経済成長率を大幅に下回る水準に引き下げたときに発生していることがわかる。政策金利を極端に引き下げれば、資金コストが非常に低下するので、金融市場に流入することは至極当然のことである。そのようなことを何度も経験していながら、すぐに慌てて、闇雲に利下げを行い、バブルを膨らませたのだ。

金融政策は短期的変動に過度にとらわれることなく、中長期的な視点から実行すべきである。最も好ましいのは、名目GDPの10年間移動平均(年率)を前提に、政策金利は決めるべきではないだろうか。そうすれば、変更幅は小幅となり、だれでもが政策金利の水準を公平に予測することができる。突然起こる地震や疫病を除けば、上下1%に満たない変動幅で政策金利は変化していくであろう。そのような金融政策を運営していけば、金融経済が無闇に肥大化するようなことは起こらないばかりか、実体経済も堅実な足取りを確保できるだろう。これだけ金融経済の規模が巨大化していながら、いつまでも「物価と雇用」だけを睨みながらの金融政策は、まさにアナクロニズムと言えるのではないか。

Author(s)