目前の上っ面しか見えない岸田首相

投稿者 曽我純, 10月10日 午前8:46, 2022年

先週の岸田首相の所信表明演説は、「日本経済の再生が最優先の課題です」と力説する。だが、長期的に停滞している日本経済を再生などできるのだろうか。今まで何回「再生」を口にしたことか。よほど思い切った切開手術でもしなければ、活力のない腑抜けの日本経済を再生などできまい。岸田首相は「物価高・円安への対応」、「構造的な賃上げ」、「成長のための投資と改革」を実行すれば再生できると言う。いずれも目の前の課題を羅列しただけで、核心を捉えた再生策ではない。いつも通り、問題の表面をさらっと撫でることしかできないのだ。

物価や為替、成長などは日本だけでは対応できない。世界経済が沈みつつあるときに、日本だけが成長することなどできないし、そうした環境、換言すれば、期待収益率が低下しているときに、設備投資を行うにはリスクが大きすぎる。

為替も世界経済を牽引する米国が政策金利を上げつつある過程であり、おいそれと円高ドル安に動きはしない。米10年債利回りは、かなり高い水準に上昇してきたが、まだピークとは言えないと多くの市場参加者は思っているようだ。つまり、まだ、ドルを手放し、米債を購入する時期ではないと。そのような予想が為替市場に浸透しているから、依然ドルの需要は強く、円だけでなく、ユーロもポンドもドルに交換されているのだ。

9月のドル実効相場は前年比12.4%上昇し、過去最高の水準に急騰しているが、これまでのFFレートとドル実効相場の関係をみるとFFレートがピーク付けてから1~2年後までドル実効相場は上昇している。このような経験則から予測するならば、ドル高基調は来年も続きそうである。

賃上げは労使交渉で決めるべきものだ。しかし、今の労働組合はあってなきが如しだから、賃金は経営側の一存で決まる。企業の独裁体制に少しでも風通しがよくならなければ、賃金交渉は企業側の言いなりで決まる、今の仕組みを変えることはできない。企業業績が過去最高を更新しても、賃金の伸びは微々たるものでは、国内経済の需要不足は持続し、長期停滞から抜け出すことはできない。

経営者は賃金上げには渋いが、配当政策は意欲的であり、『法人企業統計(金融・保険を含む)』によれば、2021年度までの10年間で賃金(賞与含む)はたったのプラス4.4%に対して、配当は2.4倍、自己株式は約2倍に急増している。従業員軽視の姿勢が明白に表れている。純資産は2011年度の623.6兆円から2021年度には981.7兆円へと358.1兆円も増加、これほど溜め込んで一体なにに使うつもりなのだろうか。純資産を充実させることは、1企業にとっては良いことかもしれないが、多くの企業が純資産増に邁進するならば、経済のバランスは失してしまう。岸田首相の日本経済再生方法は、目先の鬱陶しさを取り除こうとする芝居にすぎない。

今年4-6月期の実質GDPは前年比1.6%と5四半期連続のプラス、同期の全規模全産業(法人企業統計、金融・保険を除く)の経常利益は前年比17.6%と好調であり、4-6月期としては過去最高だ。9月調査の『短観』によれば、全規模全産業の業況判断は3と6月(2)並みである。8月の失業率は2.5%と2020年10月の3.1%をピークに低下しており、新型コロナ禍以前の水準に戻っている。9月の米国失業率3.5%やユーロ圏6.6%に比較すれば日本の雇用環境は抜群ではないか。消費者物価にしても、8月の総合指数は前年比3.0%だが、生鮮食品・エネルギーを除くコアは1.6%にすぎない。8月の米総合指数8.3%やユーロ圏10.0%に比べると安定度は際立っている。この3%で大騒ぎするのであれば、欧米のように物価が高くなると一体どんなことになるのだろうか。

今の経済は市場経済であり、市場は価格メカニズムが機能することによって成り立っているのだ。物価の数%の変動さえも押さえつけることになれば、価格による調整機能が失われ、市場経済は上手く働かなくなる。極端な例を挙げれば、旧ソビエトのように計画経済で価格も生産も国が決めるという体制が崩壊したように、無数のものやサービスの生産や価格を国家がすべて決定することは不可能なのだ。価格調整に国が介入することは少なからず、価格が歪になり、正しいシグナルにならず、必ず無駄が発生する。もとより市場は万能ではない。しばしば間違いを犯す。ただ数%の上昇を許せない、下げるべきだと決めつけることも行き過ぎではないか。

確かに2桁上昇しているものもあるけれども、そのような事態もあるし、これからも起こるだろう。値上がりしたものは需要を抑える、代替品で我慢するといった手段で需要を落とし、そうすることによって価格を抑制したり、下落させたりすることができる。さらに、今までの生活の中身を点検し、外部依存を少し減らし、家庭や自分でできることは、内部に取り込むなどの工夫も必要ではないか。例えば、『家計調査』によれば、2021年の消費支出が21年前に比べて12.1%減少も減少している半面、調理食品は40.2%も増加している。あまりにも便利になりすぎ、なんでもすぐに手に入れることができるようになったことが、物価高や円安の影響を受けやすい体質にしたと言える。

ガソリン価格の高騰で政府は石油元売り会社に金を配ったが、完全に間違った政策である。もしガソリン高が長期間続くことになれば、コストは巨額になる。しかもガソリン価格の上昇を抑えるので、需要をなかなか減少させることができない。

ガソリン価格が高くなれば、ガソリン節約的な行動を取らざるを得なくなる。車の無駄な運転も少しはなくなるだろう。宅配に依存している消費にも、なにがしかの影響を与えることになる。価格高になっても以前と同じ消費行動を取るのでは、経済活動が機能しなくなるからだ。

企業業績は絶好調と言ってよい。家計の消費支出も8月、前年比8.8%と5カ月連続の前年比プラスである。8月の勤労者世帯の平均消費性向は70.4%、前年よりも5.4ポイント高く、これで5カ月連続して前年を上回り、家計の購買意欲は改善してきている。8月の景気一致指数は3カ月連続の前月比プラスで2019年5月以来の水準に上昇し、先行指数も前月比プラスで今年4月以来の水準に戻った。

日本経済の現状は決して悪くはないのだ。政府やマスコミが悪い悪いと宣伝しているから国民もそういう気持ちになっているのだろう。経済対策をやらねばならないという時ではないのである。政治家の懐はまったく痛まないので、人気取りのために、いくらでも経済対策を連発する。目先の目立つ出来事だけに右往左往し、そうした事に注力していることが仕事なのだと思っているのだろう。

所信表明演説では福島にも言及しているが、いまだに「原子力緊急事態宣言」が解除されていないことには、触れていない。事故から11年以上経過しても廃炉作業の先行きは、まったくみえないのだ。湯水のように金を使っても進展しないことは、廃炉の方法が根本的に間違っているということなのだ。それでも反省することはなく、突き進むという第2次大戦と同じ戦法で廃炉を目指す。敗戦が決定的になってもなお戦いを続けるという思考は変わっていない。日本の個の存在が乏しい集団主義体質では、何度悲惨な経験を強いられても、原因を究明し、惨状を救うという自然の行為は期待できないのだろうか。

これは福島第1の廃炉だけの問題ではなく、バブル崩壊などにも当てはまる。岸田首相の「所信表明演説」には斬新さはなにもなく、従来の戦法に頼り、がむしゃらに取り組んでいる様子をみせているだけである。大きな問題が起こったときの取り組み方は、戦前も戦後もほとんど変わっていない。本当に日本経済を良くしたいのであれば、表面的でおざなりな「所信表明演説」など、しないはずだが。

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