日本のCPI,意外に早くピークアウトするかも

投稿者 曽我純, 10月3日 午前8:52, 2022年

8月第3週以降7週連続の円安ドル高だ。米政策金利は3%まで引き上げられたが、年末には4%を超えるだろう。こうした先行きの利上げが確かになっていることから、米10年債利回りは週末3.82%まで上昇し、FFレートを超えた。日米の10年債利回り格差は3.57%pへと一層拡大し、そのことが円売りドル買いに拍車を掛けている。利回り格差が、最大の円安ドル高要因であり続けるならば、これが修正されなければ、円安ドル高の動きを止めることはできない。日本の債券利回りの上限0.25%を取っ払い自由の身になれば、いくらか円は上昇し、ある程度、為替相場は是正されるかもしれない。ただ、影響は一時的であり、すぐに円安ドル高へ向かうだろう。

10年債利回りの水準のアンカーの役割を果たすのは経済成長率であり、経済成長率と完全に同じということではないけれども、大まかには、その水準に収斂するような形で債券利回りは形成されていく。ということは、先行きの日本のGDPがどの程度伸びていくかで、債券利回りの水準は決まってくるはずだ。

今年第2四半期の名目GDPは前年比1.2%増加した。2四半期連続のプラスだが、第1四半期は0.2%にとどまり、半期では0.7%伸びたに過ぎない。この伸びが特別、低いのであれば問題ないのだが、今年第2四半期までの過去10年間の名目GDPの伸びも年率0.75%と1%に満たない低成長だった。今後10年間の成長率が、これを上回ると想定できるような経済社会情勢で、1%超の成長が期待できれば、債券利回りも1%を超える水準に上昇するかもしれない。だが、現実に目を向ければ日本経済を取り巻く環境は厳しさを増しており、期待成長率が改善するとは考えにくい。恐らく、急速な人口減などにより、今後10年間の名目GDP成長率は0.75%以下の低成長を余儀なくされるだろう。場合によっては、マイナス成長に陥るかもしれない。今、日銀が定めている債券利回り0.25%は的外れではなく、経済実態に沿った目標なのかもしれない。

政策金利はゼロで、債券利回りは長期間0.25%以下に釘付けされているが、日本経済は成長しているのか、していなのか、わからないようなあやふやな道筋を辿っている。この異常ともいえるゼロ金利でも超低成長が精一杯なのだということは、少しでも金利や利回りが上がることになれば、経済はたちまち立ち行かなくなるだろう。特に金利に敏感な株式や不動産、建設などは、直ちに、難しい局面に立たされることは不可避ではないか。過去10年間、曲がりなりにもプラス成長を続けることができたのは、こうした金利敏感部門に依拠するところが大きい。利上げによって、それらの経済活動が、急速に収縮することになれば、急坂を転げ落ちるように、日本経済は苦境に陥ることになるだろう。利上げは、為替相場にいくらかの効果はあるかもしれないが、その後陥る不況予測が、再び、円売りドル買いを促すのではないか。微々たる利上げは、為替に及ぼすプラス効果よりも、むしろ有効需要を低下させるマイナス面のほうが大きいとみている。

同じ期間、米国の名目経済成長率は年率3.76%であり、日本とは比較にならない高成長だった。実質では1.7%と日本(0.41%)の約4倍であり、経済規模の日米格差は拡大の一途をたどっている(米名目GDPは日本の6.6倍)。今年第2四半期の米名目GDPは前年比9.6%、実質では1.8%それぞれ伸びている。今後、名目成長率は低下していくが、それでも今年第4四半期は5%程度の成長が期待できそうだ。

先週末の米10年債利回りは3.82%に上昇し、過去10年間の成長率を超えた。名目GDP成長率(前年比)と10年債利回りの関係をみると、第2次オイルショック後の成長率鈍化の過程では利回りが成長率を上回っていたが、2003年頃からは逆に成長率が利回りの上方に位置している。2008年末には初めてゼロ金利が導入され、債券利回りは成長率以下に抑えられていた。低金利と株高により資金調達コストは低下し、企業の期待収益率は高くなり、過去10年間の民間設備投資は名目GDPよりも高い成長を示し、経済を牽引した。インフレは低水準で推移し、株式は実体経済の伸びをはるかに上回っていた。

ところが、新型コロナにより、経済状況は一変した。雇用の極端な削減、その後の景気回復による従業員の採用難による賃金の大幅な引き上げがインフレを引き起こした。エネルギーを始めとする一次産品価格の急騰に高賃金が加わり、米インフレは容易に収まらなくなった。

リーマンショック後、米国経済は3%台、4%台の成長に回復したにもかかわらず、FRBは2015年第3四半期までの約7年間もの長い期間ゼロ金利を続けた。正常な成長軌道に回復していながら、FRBはゼロ金利からの脱出を図ろうとしなかった。実体経済に即した金融政策を実施できなかったことが、インフレをより厄介なものにした、といえるのではないだろうか。

8月の米非農業部門雇用者数は過去最高を更新した。労働需給の逼迫によって、8月の賃金・俸給(民間部門)は前年比9.5%と3カ月連続の9%台である。前年同月が11.8%も伸びていながら、なお9.5%伸びることは、賃金・俸給はこれからも高い伸びを持続しそうである。1960年代以降で賃金・俸給が前年比10%超となったのは、黄金の60年代と2度の石油危機のときだけであり、異例と言える。高賃金・俸給の時期はインフレに一致しており、賃金・俸給の高い伸びが持続しているかぎり、インフレも高止まりするだろう。

日本の消費者物価指数(CPI)は8月、前年比3.0%上昇したが、エネルギーの16.9%高だけでCPIを1.27%p引き上げており、これを除けば1.73%である。エネルギーは昨年の4月に前年を上回り、同10月には2桁増に上昇し、CPI寄与度を高めている。エネルギー価格は概ね原油価格の動向に連動しており、原油価格に数カ月遅れて表れる傾向がみられる。WTIはエネルギーの3カ月前の2021年1月に前年比プラスとなり、同4月には237.5%と急騰、だが、今年5月の72.9%をピークに9月は5.9%へと急低下している。一桁の伸びは2021年1月以来1年8カ月ぶりである。WTIが現状の水準で推移すれば、10月のWTIは前年割れになる。エネルギー価格は今年3月の前年比20.8%をピークに、緩やかに伸びは鈍化しつつある。寄与度の大きいエネルギー価格が低下していけば、CPIの上昇率も鈍化するだろう。意外に早く、日本のCPIはピークアウトすることになるかもしれない。CPIの伸びが低下していけば、ゼロ金利政策は正当化され、市場の関心は金利差拡大からCPIへと本来の貨幣価値決定因へ向かうかもしれない。市場が美人とする基準は恣意的、移り気であり、いつまでも金利差が持て囃されることはない。次の美人が選定される段階に差し掛かっているように思う。

政府までが市場と同じような短期志向で人気取り政策に邁進している。事の本質を捉えず、一時的現象を追い掛け回していたのでは、永久に経済社会の質的向上は望めない。日本の名目GDPが超低成長で、一人当たりGDPの世界順位がどんどん下がっていることは、本質を素通りし、些末な事ばかりに注力してきた結果ではないだろうか。

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