TPPの煩わしい交渉にかまける愚かな日本政府

投稿者 曽我純, 11月13日 午後8:22, 2011年

野田首相は11日、TPP交渉参加を表明した。原発や放射能汚染といった難問を抱えていながら、米国の機嫌取りに走る有様。TPPの内容が開示されないまま闇雲に米国の経済戦略のレールに乗ることは、交渉力に長けていない日本の政治家の力量を前提にすれば、危険この上ない。TPPに参加して、日本の製造業ははたして輸出をさらに伸ばすことができるのだろうか。海外にでるべきところは大方すでにでているのではないか。日本からの輸出が大きく伸びることはなく、ひ弱な非製造業は米国に押し捲られることになるだろう。

2010年の自動車生産台数は962.8万台、輸出は483.8万台と生産の50.2%を占める。為替がこれだけ不利になっているにもかかわらず、生産の半分を輸出しているのだ。TPPに入ればさらに伸ばせるとでも言うのだろうか。関税が日本に有利になり、輸出が増加すれば、円高がさらに進行することになり関税のメリットなど吹き飛んでしまう。

製造業は円高で経営が厳しくなるというが、経団連のように市場原理に則るならば、輸出が増加すれば、外貨売り円買いが強まり、貨幣の増大から物価が上昇するメカニズムが働き、輸出にブレーキが掛かることになるのは、彼らからしてみれば自明のことではないか。

自由貿易のメリットが永続しないことは、貿易の歴史を振り返ればあきらかだ。黒字は一時的なものであり、一部の産業が長期間輸出の恩恵を受けることは不可能だ。日本が過去最高の貿易黒字を記録したのは1998年度(14兆円)であり、13年も前のことである。すでに黒字は縮小しており、今後、これを超えることはないだろう。TPPによって貿易の壁が取り払われたとしても、すでに日本は輸出で稼ぐ時代は過ぎ去っており、歴史的にみてTPP参加のメリットは享受できなくなってきている。

日本経済は人口が減少し、需要が伸びなく、めぼしい国内投資案件は少なくなってきている。企業は国内投資先をなかなか見出せなくなっているが、これは金利では設備投資を刺激することができなくなっていることを如実に物語っている。長期金利が1%でも国内投資が不振だということは、もはやどこにも投資する分野がなく、期待収益率は1%以下に落ち込んでいることでもある。

国内投資先がなく、企業は資金を持て余している。2010年度の大企業製造業(資本金10億円以上、法人企業統計)の純資産は124.1兆円、そのうち「その他利益剰余金」は64.3兆円と純資産の5割強であり、総資産に占める純資産は46.5%と10年前に比較すると2.6ポイント上昇した。資産で増加しているのは投資有価証券であり、2000年度の49.2兆円から2010年度には62.2兆円に増えている。一方、有形固定資産は64.4兆円と4.2兆円減少した。

設備投資の減少が企業の売上や利益に直接響き、自ら減収減益要因を作り出しているといえる。売上が減少すれば、設備投資はますます必要でなくなり、企業業績に悪影響することになる。市場原理に基づけば、需要の低迷で物価は低下し、そのことが需要の回復を導くわけだか、現実はさらなる需要低迷へと経済は迷宮入りとなる。

長期金利は歴史的低水準に張り付いているため、金利の側面から設備投資を支援することはできない。そこで有望と思われる海外投資先を見つけることに活路を見出すことになる。08年度の対外直接投資は10.1兆円へと5年前の4倍に拡大したが、2010年度までの2年間はそれぞれ半分の5.2兆円に落ち込んだ。欧米の住宅バブル景気によって08年までの経済は大きく拡大していったが、その後遺症で弱り目に祟り目の状態だ。対外直接投資も世界経済の浮き沈みと波長をともにしており、日本の直接投資だけを伸ばそうとしても、そのようなことはできない。

米政府の管理下に置かれているファニーメイ、フレディマックの7-9月期の最終損益は両社合計で96億ドルもの計上を余儀なくされた。米住宅部門に深く関与している両社がこのような巨額の赤字を出し続けていることは、米住宅バブル崩壊の処理はまだ道半ばであり、損失の解消には程遠いとみてよい。ということは、米国経済の足取りは重くならざるをえず、雇用の改善は遅れ、回復とはいえない状態がまだまだ続くだろう。

10日発表の欧州委員会の秋季経済見通しによれば、欧州は通貨ユーロと財政規律で身動きがとれず、2012年の実質GDPは0.5%と今年の見通し(1.5%)を1ポイント下回る。景気が良くないときに、緊縮財政を強制するのだから、総需要が落ちて経済が酷いことになるの必至である。このような見通しでは、ギリシャやイタリアの経済と財政が強化されるとはとうてい考えられない。欧州の債務問題は金融部門の不良債権をどこかに疎開させなければ、立ち行かなくなるかもしれない。

 来年も欧米経済の足取りは弱く、新興国経済もその影響を受け、世界経済を引っ張るような力は期待できない。世界需要の伸びが低く、先行きも低調だと予想すれば、日本の対外直接投資も低い水準にとどまるだろう。

 米国はTPPの推進を目論んでいるが、世界経済が不振であるときには、議論はなかなか前進しないだろう。国内経済が良くない状態では、輸出を拡大させたいのはやまやまだが、世界需要が弱ければ、輸出できたとしても値段がたたかれ、稼働率の維持程度のメリットしかない。

 日本の貿易収支は7-9月期までの2四半期、輸入超過だ。消費性向は低下しつつあり、貯蓄率は上昇している。設備投資は伸び悩んでおり、輸入超過だから貯蓄を吸収できるのは政府部門だけだ。昨年度の名目GDPに占める公的部門の比率は24.3%(因みに2010年の米国は20.7%)と5年前に比べると1.7ポイントの上昇である。今後、貿易収支は黒字になると思うが、数兆円のレベルであり、公的部門への負担はさらに大きくなるだろう。消費のウエイトを高めなければ、公的部門の比重は低下しない。日程にのぼっているのは、消費税率の引き上げなど消費性向を低下させるような政策であり、これでは貯蓄は公的部門に向かわざるを得ない。日本経済は公的部門への依存度を高め、肥大化を止めることができなくなった。 

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曽我 純

そが じゅん
1949年、岡山県生まれ。
国学院大学大学院経済学研究科博士課程終了。
87年以降証券会社で経済・企業調査に従事。
「30年代の米資産減価と経済の長期停滞」、「景気に反応しない日本株」(『人間の経済』掲載)など多数