現実から目を背け、現実を直視しない国や東電の体質が原発の被害を取り留めのない、曖昧なものにしている。福島の高放射能汚染地帯はまさに「死のまち」であり、とうてい人が住める場所ではない。そのようなわかりきったことをいつまでも曖昧な対応でごまかしているのが国と東電なのである。かれらの態度はいつまでもはっきりせず、被災者に期待を抱かせ、被災者の気持ちを宙ぶらりんの状態に放置する作戦を採っている。
放射能汚染地帯は世界最悪の場所、「死のまち」なのだから、国と東電で面倒をみなければならない。東電はばら撒いた放射性物質を回収しようともせず、住めなくした住居の代替地を手当てもしない。だが、いつまでも思わせぶりな対応で被災者を騙し続けることはできない。被災者への対応が遅れれば遅れるほど、問題は大きくなり、収拾に時間と金がかかることは間違いない。「死のまち」でないのであれば国と東電がすべてを引き取り、再生させたらよいではないか。
朝日新聞等の共同世論調査(岩手、宮城、福島の3県、9月3、4日実施)によれば「原子力発電を利用することに、賛成ですか。反対ですか」の問いに対して、賛成34%、反対45%と3県に限っても原発賛成が3分の一を占めている。原発により塗炭の苦しみをなめていても、まだ原発に頼るその姿勢を国や東電は利用しようとしている。
鉢呂経産相は辞任したが、東電の会長は居座っているし、原子力安全・保安院、原子力安全委員会の抜本改革はなされていない。東電の事故究明は手付かずであり、リストラも中途半端でお茶を濁す程度にとどまっている。
衆議院特別委員会が東電に要求した福島原発1号機の「事故時運転操作手順書」も大半が黒で塗りつぶされており、企業秘密等を盾に公表を拒否している。この期に及んでも驕りだけは衰えていないようだ。これをみても国の東電への影響力はないことがあきらかである。事故の処理もまったく東電まかせなのであろう。歴史上類を見ない原発事故だが、対応はきわめてお粗末であり、今後、事故は収束ではなく拡散に向かっていきはしないだろうか。
原発の事故現場は立ち入り禁止であり、実態は表にでてこない。だれが、なぜ、いつ、なにを、どこで、いかに等を現地で取材し公開すべきだ。大事故なのに現場が隔離されてしまいなにもみえてこない。隠蔽、捏造、改竄、粉飾に長けた東電の発表ではなにもわからない。崩れた原発がどうなるかまったく検討もつかず、自力で処理することもできない状況でも隠蔽を優先する企業体質。史上最悪の原発事故への取り込みも曖昧なまま時間だけが経過していくという最悪の事態が予想される。何十年にもおよぶ事故収束コストが、衰退している日本経済に重くのしかかり、経済も内部被爆のように蝕まれることになるだろう。
現実を見ようとしない、なにが原因でそうなるのかとことん追求しない思考の貧弱さが、いままで何度、苦境からの脱出を阻んだことだろうか。1980年代にバブルが膨れ、その後バブルの破裂によって疲弊してしまった経済も、経済企画庁(内閣府)の楽観的な景気判断や金融機関に対する大蔵省(財務省)の杜撰な検査が加担したことは間違いない。今回は大蔵省に代わり原子力安全・保安院の杜撰な検査が取り返しのつかない放射能汚染を引き起こした。
90年代、当時の経済企画庁は楽観的な経済見通しを告げたが、今もそうした伝統は踏襲しているようだ。内閣府が作成、発表しているGDP統計は数ある経済統計のなかで最重要な統計であるが、蔑ろにされている。8月の『月例経済報告』でも「景気は持ち直している」、「緩やかなデフレ状態にある」と総括しているが、4-6月期の名目GDPは前期比1.5%減と3四半期連続のマイナス成長だ。3期連続減ということは、日本経済は完全に後退しており、しかも後退はかなり深刻であることを示している。大震災の影響は1-3月期からみられるが、景気はすでに昨年10-12月期から悪化しており、大震災により、経済の落ち込みはより強められたのだ。
デフレーターが前期比1.0%も落ち込んでいるが、内閣府は「緩やかなデフレ状態にある」と捉えている。09年4-9月期以来過去2番目のマイナス幅でありながら「緩やかなデフレ」とは、いったい政府はいくら下落すれば形容詞「緩やかな」を外すのだろう。正しくは、日本の現状を「景気は落ち込み、激しいデフレに陥っている」と判断すべきだ。
前年比では物価が2.2%も下落する激しいデフレ下にあるため、4-6月期の名目GDP 461.7兆円だが、実質GDPは532.4兆円と名目を70.7兆円も上回っている。デフレーターは1994年4-6月期の103.8をピークに低下し続け、4-6月期には86.7に低下した。物価下落を考慮した実質ではGDPは大幅に増えることになる。だが、みんなが給与を受け取り、買い物をするのは名目の世界であり、実感を得るの名目の数値からである。
4-6月期の名目GDPは1991年1-3月期以来、約20年ぶりの低い水準である。日本の生活水準は20年前に戻った。デフレだからみなかねを使わずに溜め込んでいる。かねを使わないから経済はますます収縮していき、そうなるとデフレはさらに強まるという悪循環に陥ってしまった。
名目GDPの構成をみると、最終消費支出は275.2兆円であるから貯蓄は186.5兆円となる。これだけの巨額の貯蓄を吸収している最大の部門は政府であり、117兆円も支出している。政府部門が1割支出を削れば、GDPは2.5%落ち込む。これだけGDP(需要)が減少すれば、物価はさらに下がるだろう。
デフレはかねの値打ちが上がり、ものの価値が下落する経済であるため、民間企業も貯蓄を増やしている。デフレで商品が売れなくなっているので、設備投資はきわめて慎重であり、余剰資金は流動性が高く、持越し費用のかからない現金等で保有している。家計も企業も購買意欲が低下したままで、経済を放置しておけば、経済は回復に向かうかといえば、これまでの経緯からもそのようなことは考えられず、経済はさらに深い谷に落ちていくだろう。
GDP統計が訴えている内容を蔑ろにするなら、統計など作成しなければよい。GDPはあきらかに日本経済が深刻な状態に陥っていることを発信している。政府は赤信号を無視して歩道を渡っているといえる。同様に、株式市場もGDPシグナルなど気にかけず無謀運転をしたことの付が回ってきているにすぎない。