11月25日、南アフリカで新たに検出された新型コロナの変異株「オミクロン」によって、世界の投機市場は慌てふためいた。26日の世界の主要株式は前日比2%を超える下げとなった。ロスカットを余儀なくされた投機家の動きが下落に拍車をかけたのだろう。それでも原油WTIの-13.1%に比べれば、株式は小幅といえる。市場規模の小さい原油や銅などの商品価格は、米株式が値崩れすれば、その何倍もの下落に見舞われる。米株の過去最高値更新に追随して商品も値上がりしていただけに、その支えがなくなれば、あっけなく崩れてしまう。
米株の急落はゼロ金利の解除が遅れるという期待から、米国債利回りは大幅に低下、このことが為替相場を突き動かし、円ドル相場は1日で1.9%の円高ドル安に振れた。11月24日に公表された11月2日~3日開催のFOMCの議事要旨では、高インフレが続くならば、早期利上げもあり得ると言及され、国債利回りは上昇していたが、「オミクロン」の出現によって帳消しとなった。
変異株「オミクロン」もさることながら、欧州での新型コロナの猛威にもかかわらず、そのことは脇に置き、株式投機に現を抜かしていたことへのしっぺ返しではないか。米国にしても感染者数の7日間平均は10万人弱であり、収束には程遠い状態である。それでもゼロ金利という資金コストゼロの魅力の誘惑に負けてしまい、投機の世界から足を洗うことはできないでいるのだ。
バイデン大統領は22日、パウエルFRB議長の続投を決めた。今まで株式市場に寄り添い、株価の上昇を後押ししてきたパウエル議長は、わずかな市場の動揺でも救いの手を差し伸べるだろう。市場関係者は、そうしたパウエル議長の手腕に期待し、もしもの時はあらゆる手を尽くしてくれるものと信じているようだ。
特に、バイデン大統領の支持率が低下しつつあるなかで、中間選挙も控え、株式が暴落することにでもなれば、間違いなく、バイデン大統領の勝利はなくなる。だから、パウエル議長の株式支援表明などで、今回の動揺も鎮めたいのが、バイデン大統領の偽らざる心境ではないだろうか。再び、米株式が過去最高値を更新していくことのみが、再選を辛うじて繋ぎ止めるのだから。だが、株式が実体経済からかけ離れた綱渡りの状態にあるということは、本当の不信感が広がったときには、金融政策だけで相場を支えきれるものではない。
11月20日までの米新規失業保険申請件数が7.1万人と1969年11月以来52年ぶりの低水準を記録し、10月の個人消費支出(PCE)は前年比12.0%と2桁増が続き、個人消費は過熱気味だ。PCE物価指数は10月、前年比5.0%、食料・エネルギーを除くコアも4.1%といずれもFOMCの予測値を超えている。11月の米PMIは56.5と前月を下回ったが、ユーロ圏や日本よりも高い。10月の資本財受注(非軍事・航空機を除く)は前年比11.9%と2桁増である。個人消費と設備投資の両輪がうまく噛み合っており、新型コロナ禍でありながら、米国経済は好調である。
個人消費や設備投資が2桁の伸びをみせ、10月の米消費者物価指数(CPI)は前年比6.2%も上昇し、インフレだと言われながら、FRBはゼロ金利を維持するという優柔不断な態度を取り続けている。新型コロナによって昨年5月にCPIは前年比0.2%まで低下したが、その後、予想外の上昇となり、今年10月は約31年ぶりの高い伸びとなった。急激な人員の削減と設備稼働率の低下から回復に転じる過程で、さまざまな摩擦が生じ、ものやサービスの供給が十分にできなくなったことが、CPIの上昇を引き起こしている。
物価の上昇はお金の価値を引き下げ、ものの価値を引き上げる。将来、ものやサービスの値段が上がる見通しの下では、消費者は値段が上がる前にものを購入したい行動にでるだろう。お金は先行き減価するのだから、今のうちにお金はものに置き換えておくべきだと考えるはずだ。デフレであれば、お金の価値が増すことによって、借金などの負債は重くなるけれども、インフレであれば、例えばCPIが前年比10%も上昇しているのであれば、お金の値打ちは1年後、10%減価するので、借金しやすくなる。こうしたインフレ感が漂っていることが、米国の個人消費を活発にしているようにも思える。
米国経済は今、インフレ下でありながらゼロ金利という過去にない物価と金利の組み合わせによって動いている。ゼロ金利でお金は借りやすく、さらにインフレが借入を促し、お金が経済の主役を演じている。お金が先導する経済社会であり、ものやサービスはお金の後を追いかけているのだ。ものやサービスの供給がお金に追い付いていないとも言える。
FRBのお金の供給であるマネーサプライ(M2)は10月、前年比13.0%、マネタリーベース(MB)は28.8%も伸びている。MBの伸びが異常に高いのは準備預金が43.5%も急増しているからだ。いずれも名目GDPの伸びを上回っており、物価が上がっている原因のひとつではないだろうか。FRBは物価安定を目標にしながら、ゼロ金利下で必要以上のお金を供給する目標と矛盾する政策を推進しているのだ。
10月の米CPI上昇率は1990年12月以来の高水準であり、その時の失業率は6.2%と今年10月よりも1.6ポイント高かった。当時のFFレートは7%、10年物国債利回りは8%である。1990年第4四半期の名目と実質GDPのそれぞれの前年比伸び率は4.5%、0.6%と今年第3四半期の9.7%、4.9%を大幅に下回っている。CPIの伸びはほぼ同じだが、実体経済は今が、はるかに強い。だが、FFレートはゼロに据え置かれている。現状の経済状態であれば、FFレートは7%でもおかしくはない。経済に見合うFFレートは存在せず、FRBはどのような水準にでもFFレートを定めることができるのだ。FRBは「物価安定と雇用の最大化」の達成を使命にしているが、FFレートを変幻自在に設定していると言える。政策金利はなによって決まるのだろうかという設問は愚問なのである。敢えて言えば、FRBの最大の目標は株式価値を最大にすることなのだ。しかも右肩上がりを持続させることが、FRBの使命と思い込んでいるのではないだろうか。
このことは、実質金利と株式の関係をみれば、納得できる。FFレートからCPIコアの前年比伸び率を差し引いた実質FFレートは今年10月、-4.6%と過去最大のマイナスだ。2007年までは実質FFレートはプラス・マイナスの期間が交互にみられたが、リーマンショック以降はほぼマイナス圏で推移している。こうした実質金利がマイナスという超金融緩和が、米株式を異常な水準に引き上げてきたのだ。株価と実質金利の長期の動向をみると、こうした関係を明白に読み取ることができる。FRBは口先では「物価安定と雇用の最大化」を常に唱えているが、最大の関心は株式の上昇トレンドをいかに持続させるかなのである。FRBが心配しているのは「物価」ではなく「株価」なのだ。