米国では新型コロナによる死者が60万人を超えているが、経済回復力はどの国よりも強い。大規模な財政政策に加え、ゼロ金利が功を奏しているのだろう。急速な景気回復に伴い物価の上昇が危惧されているが、FRBは一時的な現象だとみている。6月17日発表のFOMC経済予測によれば、2021年のPCE inflationは3月予測の2.2%~2.3%から3.1%~3.5%へと引き上げられた。だが、2022年予測は1.9%~2.3%へと低下すると見込んでいる。
先週末公表された5月のPCEは前年比3.9%と前月よりも0.3ポイント上昇した。食品・エネルギーを除くコアも3.4%と高い。5月の個人消費支出は前月比横ばいだが、物価は上昇した。なぜPCE inflationがこれほど上昇したのだろうか。5月のCPIでそのことをみてみたい。CPIコアも前年比3.8%と3月の1.6%から急上昇しているが、物価高にもっとも寄与したのは中古車であり、5月はこれだけでコアを0.9ポイント引き上げた。中古車の価格は昨年の9月から上昇しているが、今年4月は20.9%、5月は29.7%へと高騰している。昨年、新型コロナで新車販売が落ち込み、中古車の在庫が減少しているところへ需要が回復したため中古車不足となり、大幅に値上がりしているのだ。だが、新車販売の回復に伴い中古車の在庫も増加し、早晩、中古車の価格は落ち着くだろう。PCE コアinflationも秋以降は伸びが鈍化するはずだ。
インフレを考える上でなによりも重要な指標は雇用である。5月の米失業率は5.8%、失業者は931万人と完全雇用には程遠い。5月の時間当たり平均賃金は前年比1.8%と低く、インフレになるような伸びではない。雇用とインフレには強い相関性があったが、過去のことであり、すでに数十年にわたってそのような関係は断たれている。
物価の上昇によって、俄かにゼロ金利に焦点が当てられている。今回、FOMCの18人のメンバーのうち13人が2023年に利上げを予想していることがわかった。3月時点の8人に比べれば5人増加したことになる。2022年予測では3月の4人から6月には7人へと利上げ派が増加しており、米国経済の拡大によって、次回の予測では2022年の利上げ予測者はさらに増加するだろう。FRBは利上げを2024年から2023年ではなく、2022年に実施すると想定しておくべきだ。
今年1-3月期の実質GDPは前年比0.4%と4四半期ぶりにプラスとなり、名目では2.3%伸びており、FF金利をゼロにする理由はなくなった。今すぐにでも利上げできる経済状況にあるのだ。FRBはあまりにも金融市場に遠慮し、ゼロ金利の引き延ばしを図っている。6月22日、パウエルFRB議長は下院の議会証言で「インフレを巡る懸念を理由に、性急な利上げは行わない」と述べ、金融市場関係者の不安を取り除いた。
パウエル議長は株式に不安感が広がりそうになるときなど事あるごとに、FRBが付いている、あらゆる手段で支えると言及してきた。常に、FRBが背後に控えているという安心感から米株式は過去最高値を更新し続けているのだ。
2023年に利上げが行われると予想されても、実際にその時になれば、株式等の金融経済いかんによっては、FRBは現状維持に踏みとどまるかもしれない。いつも、FRBはそのようなニュアンスを金融市場関係者に振りまいているのだ。
FRBは政治から独立しているといわれているが、金融市場とは切っても切れない関係にあり、決して独立しているなどとは言えない。FRBは金融市場の僕なのだ。だから、金融バブルを作るのは、常にFRBなのである。実体経済に即して金融政策を実行していけば、そうやすやすとバブルは生まれないのだが、実体経済を無視して、金融市場関係者のご機嫌取りに終始しているから、バブルが発生するのだ。バブルは自然に発生するのではなく、極めて人為的な所産なのである。
FRBの『Financial Accounts of the U.S.』によれば、今年3月末の米株式価額は69.9兆ドル(7,752兆円)、前年比26.9兆ドルの増加である。昨年12月末比でも4.7兆ドル増加しており、想像もつかないほどの含み益が生まれているのだ。家計等の直接保有は28.2兆ドル、ミューチュアルファンドが14.1兆ドルさらに生命保険や年金等を加えれば、家計の保有額はさらに増える。
3月に成立した「新型コロナ追加経済対策」(1.9兆ドル)よりも家計等の株式価額増加額2.3兆ドル(3月末/昨年12月末比)が上回っている。不思議なことに、これだけ株式の価額が増加しても消費に然したる影響はない。巨額の含み益を抱えても個人消費に多くの影響を及ぼさないのは、株式は特定の富裕層に大半は保有されており、富裕層にとっては、もうすでに消費にまわすお金は有り余るほどあり、含みが生じたからといって、消費をさらに増大することはないのである。
FRBの『Distributional Financial Accounts』によれば今年3月末の富の上位1%が株式とミューチュアルファンドの総額の53.5%、次の9%が35.2%保有し、上位10%でなんと88.7%を保有しているのである。下位90%は11.3%しか保有していないという超格差社会なのである。これでは株価が過去最高値を更新し、懐が豊かになったからといって消費が拡大するわけではない。FRBはこのような統計を発表しても、依然、株式に迎合する姿勢を保っている。
富のトップ1%の株式とミューチュアルファンド保有額は今年3月末、19.99兆ドル、次の9%は13.16兆ドルだが、10年前の2011年3月末は6.33兆ドル、4.89兆ドルであった。過去10年間でトップ1%の保有額は3.16倍、次の9%は2.69倍とトップ1%にますます株式が集積されているのだ。因みに当該期間の名目GDPの伸びは1.44倍であり、株式等と実体経済の成長格差は拡大の一途であった。
株式価額の急増によって、今年3月末の株式価額・名目GDP比率は3.17倍へと昨年12月末から0.14ポイント上昇し、これで4四半期連続の過去最高の更新だ。株式価額・名目GDP比率の急上昇の期間はいずれも利下げとゼロ金利に一致している。
株式などを含む米金融資産の総額は今年3月末、307.1兆ドル、10年間で2倍超に拡大している。名目GDPの1.44倍を上回り金融資産・名目GDP比率は13.92倍、10年前の9.87倍よりも4.05ポイントも上昇し、上昇幅はその前の10年の1.36ポイントを大幅に上回った。
金融資産が名目GDPの約14倍もの規模に拡大していることは、金融政策は実体経済よりもむしろ金融経済中心に運営されるべきだと受け取れる。22兆ドルの実体経済と307兆ドルの金融経済のどちらが金利に敏感かといえば、後者であることは間違いない。ゼロ金利が307兆ドルに膨らませたのである。利上げは確実に307兆ドルを収縮させるだろう。かつてない規模に膨らんだ金融経済が、どの程度萎むことになるかはわからない。いつまでも雇用やインフレといった実体経済を目標にしてきた付が回ってきたと言える。FRBは利上げしたいが、怖くて利上げできないというのが本音ではないだろうか。