日銀は3月19日の金融政策決定会合後、『より効果的で持続的な金融緩和について』を公表した。コロナ関連への貸付に金利を0.2%、0.1%上乗せする、長期金利の変動幅を±0.1%から±0.25%にする、ETFの買い入れの上限は年12兆円に据え置き、TOPIX型に限定することにより、金融緩和を継続し、2%の「物価安定の目標」を実現したいそうだ。
0.1%程度の変更で何が変わるのだろうか。効果があるのはETFの購入だけである。2010年12月から日銀はETFの購入を開始し、2012年までの年間購入額は1兆円に満たなかった。が、黒田総裁就任の2013年には1兆円を突破、その後、2018年まで連続して前年を上回り、2019年の購入額は減少したが、2020年には前年よりも2.3兆円増の年7兆円まで拡大し、最大の買い手となった。
こうした日銀の株式購入によって、日経平均株価(年平均)は2012年を底に、以後、大きく崩れることはなく、値上がりし、2020年は22,709円と1991年以来29年ぶりの高い水準に回復した。
大きく変動したときには買い入れる意向を示しており、株式関係者にとって日銀は心強い限りなのである。だが、こうしたETF購入が金融緩和となにの関係があるのだろうか。株価の上昇は株式発行による資金調達を促すはずだが、そのような様子はまったくみえず、流通市場が活況を呈しているだけではないか。
結局のところ、日銀の株式購入は時々刻々変化する株価だけに注目する傾向を、より強く推し進めたと言えるのではないだろうか。換言すれば、株式市場を遊技場にしたのである。ITの発達が超低コスト取引を可能にし、かつてのような取引税もなく、だれでも容易に参入できるようになったことも加わり、株式は我が世の春を謳歌している。
金融を緩和すれば、お金を借りやすくなり、企業は設備投資などに資金をより多く振り向ける。家計も金利が下がれば、貯蓄よりも消費を選好するだろう。経済活動が活発になれば、自然に物価は上昇するはずだ、という一般論に基づいて金融緩和を続行してきたはずだ。だが、米国の金融政策が、金融緩和と物価にさしたる関係を見いだせなかったように、日本でも金利と物価に一定の関係を認めることはできない。
コールレートは1990年末には8%を超えていたが、バブル崩壊とともに、1995年末には0.46%へと急低下した。その後は1%を超えることはなくゼロ前後の狭い範囲に釘付けされている。25年以上こうしたゼロ金利状態が維持されているが、消費者物価指数(総合)に際立った上昇をみることはできない。少し上昇したのは消費税率の引き上げに伴うときであり、実需によって物価が上がることはなかった。
総務省の『家計調査』によれば、勤労者世帯の消費支出(二人以上の世帯、年平均)は2000年以降、2020年までの20年間に、増加するどころか、低空状態をさまよっていたのである。東北大震災・原発メルトダウンにより2011年の消費支出は30.8万円と2000年の34.1万円から落ち込んだが、その後も足取りはおぼつかなく、2016年には30.9万円に低落し、第2次安倍政権時代も消費は低迷し続けていた。
貯蓄率は2014年、24.7%に低下したが、2015年以降6年連続で上昇、新型コロナにより、2020年は38.7%と2019年の32.1%を大幅に上回った。新型コロナ以前でも30%超える貯蓄をするほど、家計は将来を悲観的にとらえているのだ。
ゼロ金利等の金融緩和を続けても、収入が増えなければ、消費意欲が高まることはない。残念ながら、過去20年間の収入は2019年になってやっと2000年の水準を超えたが、それまでは2000年代前半のほうが上回っていたのだ。失業率が改善して、労働需給がひっ迫しても、非正規労働者を雇用することにより、収入が増えない仕組みが出来上がり、低所得者層の割合は増加している。
異例の金融緩和に対して、企業はどう動いたのだろうか。財務省の『法人企業統計』(全規模全産業)によると、2000年度と2019年度の設備投資は、40.5兆円から49.2兆円へ増加している。2013年度から6年連続で増加し、2018年度は56.8兆円に拡大したが、1991年度の92.5兆円に比べると、増加したとはいえささやかなものなのである。金融緩和が設備投資を後押ししたかといえば、その影響力は微々たるものだろう。企業の金融機関借入金は2000年度の404.1兆円から2019年度には365.5兆円に減少する半面、純資産は336.3兆円から760.1兆円へと2倍以上に急増しており、金融機関からの借入に依存しない財務体質が出来上がっているといえる。
『家計調査』によれば、勤労者世帯の収入は長期にわたり、低迷を示していたが、『法人企業統計』でも人件費(賞与を含む)の伸びは著しく低い。2019年度と2000年度を比較すると、19年間で4.0%にとどまっていることがわかる。これではいくら金利がゼロでも消費を引き上げる気持ちにはならないだろう。
毎年50万人程度人口が少なくなり、超高齢化に突入している状態を勘案すれば、税金や社会保険料の負担は増すばかりで、収入以上に可処分所得は厳しくなると家計は予想しているのだ。
日銀の『資金循環』によれば、家計の金融資産は2020年、1,828兆円、うち現・預金は1,000兆円と金融資産の54.7%を占める。2000年の家計保有の金融資産は1,401兆円、現・預金は744兆円と金融資産の53.2%を占めているが、2020年の比率が1.5ポイント高く、ゼロ金利下でも現・預金志向が強まっていることを裏付けている。
ゼロ金利という異常な利下げを実施しても、日本の家計の現・預金選好は強まるばかりであり、消費を増やそうとはしない。消費が増加しなければ、物価は上がらない。消費増が期待できなければ、ゼロ金利でも企業の設備投資も限られたものになる。金利と物価の関係は日本でも断たれてしまっているのだ。
名目GDPと金融資産の伸びを比較すると、ゼロ金利が後者に表れていることが明らかになる。1994年から2019年までの名目GDPの伸びは9.8%だが、金融資産は60.9%も拡大しているからだ。特に、金融資産の拡大が顕著になってきたのは、黒田総裁が就任してからであり、2019年・2012年比では2,000兆円超も金融資産は急増した。金融資産・名目GDP比率は1994年の9.8倍から2019年には14.3倍へと開き、金融経済の力がより強まってきている。
金利に敏感に反応する金融資産の膨張は、金融政策の自由度を狭めることになるだろう。実物経済を刺激するために異例の金融政策を推進してきたが、それが影響力を発揮したのは金融経済であった。ゼロ金利によって積み上がった巨額の金融資産が、金利をおいそれと変更することを阻止している。日銀は自縄自縛に陥っている。
注:添付のPDFファイルにグラフを掲載しています。