6月3日、金融庁の金融審議会(市場ワーキング・グループ)が報告書「高齢社会における資産形成・管理」を公表した。退職後の生活には公的年金だけでは足りないので、退職前までに2,000万円を貯めておかなければならない。そのためには若いころから株式などに資金を投じ、長期的な資産形成が大事なのだという。退職後の金不足不安を指摘し、「貯蓄から投資」を強調、金融機関の利用を促す報告だ。
『家計調査』によれば、2018年の高齢夫婦無職世帯(夫65歳以上、妻60歳以上の夫婦のみの世帯)の可処分所得から消費支出を差し引くと月41,872円のマイナス。つまりこれだけ収入が不足しているのだ。高齢単身無職世帯(60歳以上)は38,670円の収入不足であり、いずれも社会保障給付だけでは生活費を賄うことはできないのである(高齢夫婦無職世帯と高齢単身無職世帯の社会保障給付は203,824円、115,059円)。
2018年の二人以上世帯の高齢無職世帯(世帯主60歳以上)の可処分所得と消費支出は47,455円の不足であった。60~64歳までの世帯の不足額は115,544円だが、65~69歳は58,109円、70~74歳は60,172、75歳以上28,176円となっており、歳とともに消費支出が減少することが赤字額減少の要因である。高齢無職世帯の赤字は今に始まったことではなく、2000年、2005年をみても35,768円、45,584円の赤字であり、年金だけの生活では満足できないので貯蓄を取り崩しているのだ。
自営業者や農家は月5万円程度の国民年金だけにほぼ依存しており、勤労者世帯との年金格差は大きい。月20万円を超える消費をするならば15万円が不足することになる。健康で働くことができれば年金に頼る必要はないという前提だが、いつまでも働けるわけではない。それまでに十分な貯蓄を蓄えておけということなのだろうか。
貯蓄や資産運用を奨められても、所得水準が低くければ、貯蓄する意思はあっても貯蓄することはできない。およそ1,000万世帯がそういう家計に該当するのではないか。『家計調査』によれば、2018年の平均貯蓄額(二人以上の世帯)は1,752万円だが、100万円未満の割合が11.0%に対して、4,000万円以上が11.1%と100万円未満ほぼ同じ割合を占めている。500万円未満の比率は32.4%だが、2,000万円以上の老後資金不安をクリアする世帯の割合は28.9%である。
高齢者世帯(二人以上の世帯のうち世帯主60歳以上、二人以上の世帯の51.2%を占める)の平均貯蓄額は2,284万円と二人以上の世帯よりも532万円多い。4,000万円以上が16.6%、世帯数では約300万世帯。4,000万円以上の貯蓄保有世帯の77%が高齢者世帯なのである。高齢者世帯のうち2,000万円以上の世帯が39.9%も占めており、資産形成など言われなくても十分に蓄えている世帯も多いということだ。他方、高齢者世帯でも100万円未満が8.3%、500万円未満が23.4%を占めており、高齢者世帯でも貯蓄格差は大きい。
2018年の平均貯蓄高は1,752万円だが、30歳未満は384万円にすぎず、年齢が高くなるにつれて貯蓄高は増加する。ピークは60~69歳の2,327万円であり、70歳以上は2,249万円とやや減少する。貯蓄から負債を引いた純貯蓄は30~39歳で698万円の大幅な負債超、40~49歳でトントン、60歳以上の階級では負債は返済され、2,000万円を超える純貯蓄となり、70歳以上の純貯蓄が最大となる。
月々、消費支出が可処分所得を上回る高齢世帯の純貯蓄は高水準を維持している。4,000万円超の貯蓄保有世帯が多いことが、純貯蓄をなかなか減少させないのだろう。そして、この純貯蓄を減らさないままに、次の世代に相続していくのではないだろうか。退職金や親からの遺産などが60歳以上になれば大幅な純貯蓄に転じる要因になっている。「子孫に美田を残さず」などともいわれているが、勤勉なわれわれ日本人は子孫に資産を譲るという考えを棄ててはいない。われわれよりもより良い暮らしをしてもらいたいと願っている人たちがいるかぎり、資産は順繰りに引き継がれていくのである。
国が高みからああせよこうせよといわなくても、老後のことは承知の上なのである。年金が少なければ少ないような生活をするまでだ。ただ、最低限の社会保障は必要である。国民年金だけの乏しい内容ではとうてい生活できない。そのようなところは改善しなければなるまい。
10年物国債の利回りがマイナスの状態でプラスの資産運用などできるのだろうか。株式の長期投資を推奨するが20年、30年後の日本がどのようになるのか皆目見当がつかないなかで、闇雲に株式投資をするなどまさに博打ではないか。海外への投資も為替リスクが大きく、一般の人には向いていない。
若年層は所得が伸びず、日々の生活に追われている。非正規雇用の拡大で低賃金所得層が依然多い。2017年の『民間給与実態統計調査』(国税庁)によれば、給与所得者のうち年収300万円以下が37.7%、500万円以下では70.0%を占めている。これでは貯蓄や投資をせよと言ったところでできるはずがない。貯蓄のもとになる所得をふやすことが先決なのだ。
資産運用を金融機関にまかせればもろもろの手数料をふんだくられるのがおちである。元本はいつのまにか目減りし、為替が絡んでいれば目も当てられない状態になることもしばしばだ。金融機関や生命保険の高齢者をカモにする稼ぎ優先の営業など、いつになったらまともな企業に変わることができるのだろうか。「スルガ銀行」をほめたたえた金融庁だから、金融機関のことなどなにもわかっていないのだ。今回の金融審議会の報告書は改めて金融庁は金融機関の営業推進役であることを知らしめた。