顔色を窺いながらのECBの利下げ

投稿者 曽我純, 6月8日 午後4:47, 2014年

6月5日、ECBは政策金利等を引き下げた。かなり前から利下げを仄めかしており、意外性はまったくなかった。金融政策の変更が必要であれば、市場参加者の機嫌など気にすることなく実行しなければならないのだが、ECBにはそうした気概などさらさらないのだろう。まったく意志決定能力に欠ける。これでは利下げをする意味などない。ましてや0.25%の政策金利を0.15%に下げる効果などゼロだし、金融機関がECBに預ける金利をゼロからマイナス0.1%にしたところでどうなのといったところか。

日銀やFRBの総資産は膨れ続けているが、ECBの総資産は5月30日時点、2.197兆ユーロと2012年央の3.1兆ユーロをピークに減少しつつある。ユーロ圏金融機関のECB預金は3,521億ユーロと1.1兆ユーロも預けていたピークから大幅に減少している。マイナス金利が適用されるのは必要準備額(2,093億ユーロ)を超える部分についてであり、1,428億ユーロがおよそ対象になる。年間、円換算で約200億円の負担となる。金融機関は超過準備を引き上げ、現金で保有するかなんらかの資産を購入すれば、マイナス金利の影響を取り除くことができる。

沈滞したユーロ圏経済を金融政策で浮上させることはできない。ほぼゼロ金利の状態にありながら、需要は一向に伸びない。1-3月期のユーロ圏実質GDPは前期比0.2%と前期よりも0.1ポイント低下し、4四半期連続のプラスだが、たどたどしい歩みであり、いつマイナスに転落するかもわからない。

金利ゼロでも家計の最終需要は回復する兆しがみえない。1-3月期の家計消費支出は前期比0.1%と低迷していることが、成長できない最大の要因。実質GDPの57%は家計消費で占められているからだ。4月のユーロ圏失業率は11.7%とピークより低下したとはいえ、働きたいと思う人の1割以上が失業していれば、家計消費が伸びるとは考えられない。消費支出が伸びなければ物価が弱くなるのは自明のことだ。5月のユーロ圏インフレ率は前年比0.5%と2ヵ月ぶりに低下し、このまま需要の低迷が続けば物価がマイナスに低下することにもなりかねない。

GDP、物価、失業率のいずれをとってもユーロ圏参加国で大きな違いがあり、本当は一律の金融政策を施すことはできない。こうした大きな矛盾を抱えた状態で、金融政策に頼った経済の舵取りをすることはできない。比較的良好なドイツ経済はドイツ国債の利回り低下によって、経済はさらに良くなるだろう。他方、スペインのように失業率が25.1%もの高い国は金融政策などによる効果はなく、ユーロ圏での経済格差はますます拡大することになる。

為替相場もドイツはユーロ高でもやっていけるが、経済の弱い国ではユーロ高はますます苦しくなる。金利の下げ余地がないので、金融政策でユーロ安に誘導することはできず、為替の面からも経済格差を是正することはできないのである。

ギリシャの財政危機により、ユーロ圏は緊縮財政を強いてきたが、経済が低迷しているときに財政を絞れば、経済の回復はいつになるかわからない。金融政策では需要不足を解消させることはできないのである。特に、GDPに占める家計消費支出が低ければ、経済の不振によって設備投資が減少し、需要不足は一層深刻になる。需要不足を補うことができるのは財政しかない。ユーロ圏内の富裕国から貧困国への資金援助によってのみ、ユーロ経済は今よりもましな状態にたどり着けるのである。域内での相互扶助を前提にしなければ、単一通貨は機能しない。

金融緩和と緩やかな経済の拡大を背景に米株式は過去最高値を更新している。NYダウは2009年3月の底からの値上り率は2.5倍超となり、上昇期間は5年を超えた。足元の国債利回りは2.59%と2009年3月と同じである。長期期待成長率が2%台半ばに低下しながらも、株式だけは人気化し、高騰している。

非金融部門の企業利益は2014年1-3月期、過去最高を更新し、2009年1-3月期の1.9倍に拡大している。だが、S&P500の株価収益率は18倍台に上昇、3月末の米株式価額は名目GDPの2倍を超えた。株式価額・GDP比が過去に2倍を超えたのは一度だけである。ITバブルに沸いた2000年3月末の2.03倍だ。今年3月末は2.01倍となり過去2番目の異常な数値である。米不動産バブル期では2007年6月末の1.83倍が最高で、昨年の9月末にこれを抜いた。2014年1-3月期の米名目GDPは17.1兆ドルだが、株式価額は34.4兆ドルもある。過去10年、名目GDPは1.42倍に増加したが、株式価額は2倍とGDPの伸びを大幅に上回っているからだ。1990年代半ば以降、株式価額・GDP比はほぼ1.0よりも高く、それ以前とは様変わりしており、米国経済は金融を核とした成長に著しく偏っていることを裏付けている。株式の実体経済に及ぼす度合いがより強くなっているということだ。過去62年の統計において2度しかみられない特異な現象が発生していることを見過ごすわけにはいかない。株式に過度に偏っている米国経済の危険なシグナルなのである。

 米国経済従属の日本は米株式以上にぶれやすい。米株高によって、日本株も上昇しているが、まさにナイフの刃の上をいく危うさがある。1-3月期の大企業営業利益は前年比29.0%伸びたが、3期連続の伸び率低下だ。営業利益の伸びが低下しているとはいえ、29.0%増とは過去のピーク時に匹敵する伸びであり、このような高い伸びが持続することは不可能だ。しかも、営業利益拡大には人件費の抑制が大きく寄与しているのだ。売上高の6.7%増に対して、人件費は0.9%、従業員給与に限れば0.4%の増加にとどまっている。全規模全産業の人件費は2.8%前年を下回っている。人件費の抑制、削減によって利益を溜め込むことは、ひいては企業が作った商品が売れなくなることでもある。

消費税率引上げ後の消費減がこれからはっきりとあらわれ、数四半期後、企業収益は前年を下回ることになるだろう。米株式のバブル化に企業収益の悪化が加わり、日本株のババ抜き合戦が熱を帯びてくることになろう。

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