米雇用統計によれば、1月の非農業部門雇用者は前月比22.5万人増加しており、米国経済は引き続き拡大を続けていることが裏付けられた。2009年6月の景気の谷から拡大は10年7ヵ月目に入っており、2001年3月を山とする120ヵ月の景気拡大期を超え、最長を更新中である。戦後最長の景気拡大過程、しかも最終局面に近いにもかかわらず、物価は極めて安定しており、過熱感はない。
1月の失業率は3.6%と前月よりも0.1ポイント上昇したが、それでも歴史的な低水準であることに変わりはない。これほど低い失業率であれば、賃金が上昇し、コストプッシュインフレが起きてもおかしくはないのだが、そのような気配はなく、FRBも思案しているほどである。
時間当たりの賃金は1月、前年比3.1%と昨年の3.5%に比べれば、伸びは鈍化してきている。昨年12月の米消費者物価指数は前年比2.3%上昇しているので、実質賃金では0.8%にとどまり、購買意欲が湧くほどの伸びではない。2012年を底に賃金は上昇してきてはいるが、3%台で頭打ちになっている。この程度の上昇に賃金が抑えられていることが、物価を安定させているのかもしれない。
雇用が持続的に拡大し、失業率は1969年以来の低さだが、景気は過熱していない。企業が圧倒的な力を持つ半面、労働組合は脆弱になったことが労働分配率を低下させ、利益を拡大させたことも、今の雇用と物価の関係を作り上げたのだろう。また、経済成長とともに、1980年代以降、実物資産よりも金融資産が急増し、富裕層へ資産がより集積したことも、米国の消費に影響しているはずだ。
非農業部門雇用者は順調に拡大しており、景気の谷である2009年6月から2020年1月までに非農業部門雇用者は2,117万人増加している。ただし、この間の年率での伸びは1.43%と2007年12月を山とする73ヵ月の景気拡大期の0.88%は上回るけれども、1982年11月から1990年7月(2.81%)、1991年3月から2001年3月(2.03%)のそれぞれの景気拡大期の年率伸び率を大幅に下回っている。
つまり、現下の景気拡大局面の雇用は過去の拡大期に比べて緩やかになっているということなのである。だから、過熱感がなく長期間成長を続けることができているのだと思う。雇用にはまだまだ余裕があり、企業は必要に応じて雇うことができる雇用環境にあり、買い手市場だと言える。
労働市場に余裕があることを裏付けるのは、労働力人口比率(Civilian labor force participation rate)や雇用比率(Employment-population ratio)が過去最高よりも低い水準にあるからだ。景気の拡大期にはそれらの比率は上昇する傾向にあるが、特に、労働力人口比率は今も底を這っている状態である。2009年6月の景気の谷(65.7%)を過ぎても下がり続け、2015年9月の62.4%で底打ちし、今年1月は63.4%へと幾分回復しているが、景気の谷の時点を下回ったままである。労働力人口比率は1960年代以降、一貫して上昇していたが、2000年1月から4月までの67.3%をピークに低下していた。2015年にやっと下げ止まり、やや戻しつつある。
雇用比率は景気変動に沿った動き方をしている。ITバブル期までは小波動は繰り返していたものの、トレンドとしては右肩上がりであった。2008年に至る金融バブルで上昇したが、ITバブル期を超えず、バブル崩壊により急低下し、2011年7月に58.2%で底を付け、今年1月は61.2%に回復しているが、2008年11月(61.4%)の水準に戻したにすぎない。2000年4月の過去最高(64.7%)や2006年12月の63.4%に比べると2ポイント以上の開きがある。人口の伸びを前提にすれば雇用が500万人増加しても雇用比率は63%にとどきはしない。米国経済が労働力の壁に突き当たるのはまだ先のことだ。
16歳以上の人口の増加率が低下している状態で雇用比率の回復が遅いことは、雇用の拡大が依然に比べて緩慢であることをあらわしている。今年1月までの126ヵ月におよぶ景気拡大期の雇用の年率の伸び率は1.2%であり、過去の景気拡大期をいずれも下回っている。16歳以上の人口増加率が最低であるにもかかわらず、雇用比率の上昇率が低いということは、雇用拡大の余地は大きいということでもある。
雇用の持続的拡大によって米国経済は緩やかに成長するだろうという期待がドルを強くしている。日本経済は消費税率の引き上げや給与の低迷などによって消費は振るわず、生産も前年割れである。ドイツ経済も生産は混迷から抜け出せていない。昨年12月の鉱工業生産指数は前年比7.0%も落ち込んだ。資本財に限れば9.7%のマイナスであり、製造業新規受注も前年比8.7%下落し、ドイツの製造業は苦境に陥っている。
ドイツ経済不振が10年債利回りを低下させ、ユーロドル相場を昨年9月以来のユーロ安ドル高にしている。米株が戻したため、円ドル相場も円安ドル高となった。貿易戦争を始めて、世界経済を攪乱させたが、その仕掛けた米国経済の被害は最小である。2019年の米国のものの輸出は前年比0.4%増加している。輸出はマイナスになったが、1.6%減と日本の輸出の-5.6%、輸入の-5.0%のマイナスにくらべれば小幅だ。2018年の輸出入とさほど変わらなかったため、ものの赤字額は8,659億ドルと前年よりも2.4%しか縮小していない。対中赤字額は前年の4,195億ドルから3,456億ドルに減少したが、カナダ、メキシコ、EUなどの赤字額が増えているからだ。
米国は対中貿易を縮小しても他国からの貿易である程度辻褄を合わせることができるのだ。輸入超過国の強みが発揮されている。米国の主力エンジンである消費は雇用の緩やかな拡大に支えられ、当面、腰折れすることはないだろう。不安材料は過去最高値圏にある株式だ。実体経済以上に膨れていることは間違いない。この巨大なカジノを制御することはだれにもできない。