鈍ら刀を振り下ろした黒田総裁

投稿者 曽我純, 2月1日 午前9:01, 2016年

日銀の黒田総裁は為替市場や株式市場を驚かすことばかり考えているのだろう。29日にはマイナス金利導入を発表した。相場は揺れたが、マイナス金利にしたからといって、実体経済にかかわる市井のひとびとの暮らしが良くなるわけではない。2013年4月以降、日銀は大規模な国債購入策を講じてきたが、家計の懐が一向に改善しないことをみれば明らかだ。国債購入やゼロ金利を長期間続けても経済効果がないことは、それにわずかの金融政策を加えたところで、いったいなにが起きるというのだろうか。

マイナス金利を導入し、貨幣価値を減価させることは、貨幣が貨幣たる本質をなくしてしまう。貨幣になるものはなにでもよいことになる。米でも鉄でも貨幣になれるのである。貨幣の番人である中央銀行が、自ら貨幣価値を減価する挙に出たという画期的な時代を迎えることになった。

日銀のなすことには、株式や為替相場はそれなりの反応はするけれども、そこから先への波及効果はほとんどみることができない。自らが蒔いた種で、今度はそれに悩まされることになる。手塩にかけて育てた息子が放蕩息子になり手を焼く、いまはそのような事態ではないか。

「アベノミクス」とか「異次元緩和」とか実態のない言葉の繰り返しにより、あたかもそうした言葉が経済を良くするかのように思わせる。まさに芝居だ。芝居がうまくいかなくなると、また次のドラマを提供する。日銀が振付をし、株式・為替市場が踊っているという関係なのだ。

マイナス金利も導入したし、次の振付はどうするのだろうか。マイナス幅を広げるのか、国債購入額を増額するのか、上場投信購入額の拡大か。だが、こうした資産の購入は中央銀行の役割をはるかに超えており、中国共産党の政策と変わらないではないか。市場といいながら介入に介入を重ねる姿は資本主義経済とはいえず、統制経済である。これがあたりまえになっていると、一旦統制が効かなくなると市場はどうなるのだろうか。きっと恐ろしいことが起こるだろう。

マイナス金利を日銀当座預金に導入するという。1月20日時点の日銀当座預金は256.1兆円だが、このすべてにマイナス金利が適用されるわけではない。たとえば200兆円に-0.1%金利が適用されれば金融機関は年2,000億円日銀に支払わなければならなくなる。だから、金融機関は当座預金を引き出し、それを貸出か有価証券に振り向ける行動を取る。

いままで金融機関は貸出の伸び悩みから預金を持て余し、付利の日銀当座預金に預けていた。預金よりも貸出の伸びが低いという状況に変わりなく、昨年12月も預金の2.9%に対して貸出は2.2%である。これからは預ければコストが掛かるので日銀当座預金に積み上げるわけにはいかない。取るべき方法は貸出か有価証券の購入かだが、経済が拡大しないので貸出は緩やかな伸びにとどまる。そうであれば、使い道のない預金は有価証券、特に国債購入に向かうしかない。いままで、金融機関から日銀当座預金に預けた資金で、日銀は国債を購入してきたが、日銀当座預金が増加しなければ、日銀の国債購入の資金が乏しくなる。だが、日銀が購入していた国債が金融機関の購入に振り替わるだけであり、国債購入額が大きく変化することはない。

要するに日本では貯蓄が投資を超過しており、この超過額がどこで調整されるかだけである。設備投資が超過貯蓄のすべてを吸収することはできず、輸出が減少している状況では政府部門の拡大で貯蓄=投資は成立する以外に方法はない。国債を購入するのは日銀でも金融機関でもどちらでもかまわない。いずれにせよ、超過貯蓄は政府部門で消化されるのである。

 日銀は2%の物価上昇に固執している。金融政策が物価引き上げのために使われているのである。経済成長しない日本経済で2%も物価が上がれば、消費マインドはますます萎縮し、経済活動が悪化することは間違いない。米国や欧州と同じように2%の物価上昇を目指すことは間違いである。成長のない経済では物価上昇があっては困る。ゼロ前後で安定していることが、生活しやすいし、企業活動も円滑に運営されるのである。ゼロ前後に物価を安定させることを日銀は目指すべきだ。

 昨年12月の経済指標によれば、日本経済の状況は悪化している。特に、資源安を背景に、光熱費や交通費支出が大幅に減少しており、12月の消費支出(二人以上の世帯)は前年比4.2%減と4ヵ月連続のマイナスである。資源安の要因が大きいけれども、勤労者世帯の実収入も4ヵ月連続減となっており、所得の要因も作用している。

昨年12月の鉱工業生産指数は前月比1.4%減と2ヵ月連続のマイナスとなった。特に、資本財(輸送除く)は昨年1月をピークに落ち込んでいるが、なお在庫水準は高く、生産調整はまだまだ続く。景気に敏感な工作機械受注は急速に悪化しており、昨年10-12月期は前年比22.1%も減少した。内需は6.8%減だが、4-6月期が41.5%も伸びていたことから判断すれば、1年も経過しないうちに経営者マインドは様変わりしてきたといえる。外需は4-6月期に前年を割れてからもマイナス幅は拡大、10-12月期は30.1%も落ち込んだ。

消費や設備投資などの内需の弱さに加えて、輸出金額も昨年12月まで3ヵ月連続の前年割れだ。12月は8.0%にマイナス幅は拡大し、数量では昨年7月から6ヵ月連続で前年を下回った。資源安で輸入は12月、前年比18.0%減と4ヵ月連続の2ケタ減である。

今、日本経済は内需、外需ともに不振であり、公的部門に頼らなければならない事態に追いつめられている。ゼロ金利や国債購入を実施しても、日本経済の足元は揺らぐばかりなのである。つまり、金融政策はとっくの昔から日本経済には通用しないことが証明されているのだ。財政政策だけが、国が金を消費することによってのみ、日本経済はなんとか保たれているのである。国債購入については、日銀か金融機関かという差はまったくないのである。超過貯蓄で設備投資と輸出が低迷していれば、政府部門に超過貯蓄は自動的に流れてくるのである。

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