FRBやECBの国債買いオペ期待だけが、株式や商品相場を支えている。まさに相場は買いオペ期待がなくては維持できなくなってしまった。買いオペは麻薬のように市場を麻痺させ、相場を高揚させるが、市場は確実に蝕まれていき、最後は悲惨な事態に陥ることになる。
8月末の日銀の総資産は149.9兆円と05年末の過去最高に近づきつつある。FRBの総資産は9月5日、2.82兆ドルと引き続き異常な高レベルにあり、今年第35週のECB総資産は3.08兆ユーロと過去最高水準に資産は膨れている。資産膨張などまったく問題にしないで、ドラギECB総裁は6日の会見で、条件付きながら、満期3年以内の国債を流通市場で無制限に買い入れると述べ、バーナンキFRB議長は買いオペ期待を持たせた。
ECBの限度を設けない国債買いオペ期待によって、米株式は急騰し、NYダウはリーマン後の高値を更新した。景気が悪化しているにもかかわらず、過去3ヵ月間でDAXは17.4%、CRBは13.7%それぞれ上昇しており、さまざまな分野に買いオペ期待の影響がおよんでいることがわかる。
中央銀行は金融機関から国債を買うことによって、金融機関に資金を与える。民間非金融部門の資金需要が旺盛であれば、金融機関は資金を貸し出すことができるが、新たな資金需要がなければ、金融機関から資金は出てゆかず、現金のまま金融機関に眠ることになる。
また中央銀行の買いオペは市中への資金を増やすことになるので、市場金利を引き下げることにもなる。だが、債券利回りが歴史的超低水準に下がっている現状では、買いオペによる利回り低下はまったく期待できない。
現下の経済金融情勢では買いオペの拡大により、貸出を伸ばすことも、金利を引き下げることもできないのである。つまり、買いオペは経済金融になにの影響も及ぼすことができないのだ。ただ、金融の卸売業者である金融機関の資金調達コストはゼロに近いので、それを国債で運用するだけで巨額の利益を得ることができる。
一方、民間非金融部門の資金調達コストは金融機関のように低下せず、日本でも住宅ローンなどは3%台(10年固定)の金利を取られている。住宅ローン金利を長期国債の利回り並みに引き下げなければ住宅ローンは伸びない。ゼロ金利を活かすには金融機関が維持できるぎりぎりまで利鞘を押さえ、民間非金融部門の資金コストを下げる政策を採らなければならない。
世界経済の足取りは重く、特に、ユーロ圏や日本では深刻になっており、資金需要は限られている。金融機関は国債を売却し現金を入手しても使い道がなく、結局、国債で運用せざるを得ないのが現状だ。中央銀行が金融機関から国債を買い取り、金融機関は国債を売却して得た資金で国債を購入するという仕組みなのだ。
景気が悪いので税収は伸びず、歳入不足を国債で賄っている。その国債を中央銀行と金融機関で購入し、国に資金供給しているのである(金の本当の出所は家計なのだが)。買いオペといっても中央銀行と金融機関のパイプを通して、国に資金を流しているだけである。財政支出を維持することで、経済活動を支えているが、日本ではそれだけでは民間部門の減少を補うことができずデフレのままだし、米国では雇用者はリーマン以前のピークにくらべれば469万人少なく、失業率は3.7ポイントも高い。
買いオペを実施しても、結局は国へのファイナンスになるだけで、民間非金融部門は買いオペで資金面の恩恵を受けることはない。8月末、バーナンキFRB議長は講演で、買いオペはあきらかに効果があると自画自賛したが、別に、中央銀行が買いオペの拡大を打ち出さなくても、民間部門が弱く設備投資が冷え込み、輸出も振るわなければ、政府部門に貯蓄は流れざるを得ない。FRBが買いオペ(量的緩和ともったいぶった文言から金が社会に溢れ出すような印象を与えるが)など持ち出さなくても、民間部門に貯蓄を消化する能力がなければ自動的に政府に金は流れることになる。それをあたかも経済がよくなる効果があるなどと言う事こそ問題なのだ。
バーナンキ議長をはじめ多くの中央銀行トップはマネタリストである。経済が悪化してもマネーを供給すれば経済は良くなるという考えだ。ほかのことはなにもすることはない、ただマネーを増やせばすべては解決するのである。だから、バーナンキ議長は買いオペでマネーを供給すれば、自らの責任は果たしたと考えているのだ。後のことは俺の知ったことではないと言いたげだ。商業銀行が1.84兆ドル(7月)もの現金を保有していることや非国防資本財受注(航空機除く)の前年割れなどをどのように説明するのだろうか。
FRBは買いオペで金融機関に資金を供給するが、金融機関は国債を求め、現金でも保有している。現金の多くはFRBに預けられ、9月5日の準備預金は1.55兆ドル、所要額は1,037億ドルなのでほぼ超過準備である。FRBは超過準備を元手に国債などの債券を購入しているのだ。FRBが買いオペをしても民間非金融部門へは金はほとんど流れていかないのである。 経済的効果がない買いオペだが、買いオペで株式が買われるという期待から、株式は買われ、NYダウは異常に値上がりしている。買いオペ期待が投機を煽っており、米株式はバブル化に向かっている。不動産バブル破裂でいまだに立ち直れていない米国経済が再び株式バブル・破裂の事態になれば、08年よりも深くて長い大不況に陥るだろう。
米株式時価総額を名目GDPで割った値は今年3月、162.7%と不動産バブル期の07年9月より24.2ポイント低いが、長期趨勢からみれば高く、実体経済に比べ株式が肥大していることがわかる。1995年に100%を超えたが、それ以前に100%を上回ったのは1952年以降1度だけである。1995年に100%を超えてから株式が実体経済の勢いを上回り、ITバブル期の2000年3月には208.4%まで上昇した。ITバブル崩壊により2002年9月まで低下したが、今度は不動産バブルで再び上昇、07年にピークを付けた。バブル破裂による急激な経済の収縮で09年3月には100%を下回った。だが、実体経済にそぐわないゼロ金利の長期化や度重なる買いオペが、株式の肥大化をもたらし、米国経済は株式や金融に偏った歪な構造になっている。
8月の米雇用統計は期待に反する内容であったが、買いオペ期待が強まり、株式は値下がりしなかった。まさに金融政策が価格形成を歪めている。雇用の伸びは緩やかであり、週平均労働時間や週平均給与は横ばいである。こうした雇用状態では消費の伸びも緩やかなものにならざるを得ない。4-6月期の企業利益(金融除く)は前年比微増だったが、7-9月期も厳しいものになるだろう。金融政策で歪められた株価だけに、楽観的見方が崩れると、株価の下落は予想を超えることになる。