金融不安を糊塗するECBの利下げ

投稿者 曽我純, 7月8日 午後6:19, 2012年

5日、ECBが政策金利を0.25%引き下げ過去最低の0.75%としたことから、ユーロ3ヵ月物の短期金利は週末、0.445%へと下がり、ユーロドル金利を下回った。こうしたECBの金融緩和によって、ドルユーロ相場は1.22ドル台へと急落し、約2年ぶりのドル高ユーロ安となった。6月の米雇用の伸びが低かったため、ドルが安くなりそうなものだが、ユーロよりもドルが買われた。利下げによってドイツ国債の利回りは1.33%に低下し、再び、ドイツ国債に資金は流入している。だが、ECBの利下げ後、イタリアやスペイン国債の利回りは上昇し、なかでもスペイン国債は週末、6.94%と1周間で58ベイシスポイントも上昇した。6月末のEU首脳会議での合意や金融緩和は、金融不安の緩和にはほとんど効果を発揮していない。

 ECBが金融緩和を発表した5日は、中国が前月に続いて利下げを実施し、イギリスも資産買い入れ規模を500億ポンド増額する措置を打ち出した。まさに金融緩和一色といえる状況になっている。だが、このような金融緩和の恩恵をうけるのは金融機関だけであり、金融機関を除けば、小幅の利下げなどではほとんどその経済効果は期待できない。金融機関という卸売段階で甘みは出尽くし、そこから外では滓しか残っていないのだ。

そんなことは日本の90年代半ばから続く異例のゼロ金利状態をみれば、すぐにわかることだ。日銀はこれだけ長期間金利をほぼゼロに据え置いているが、経済は良くなるどころかますますおかしくなっている。ゼロ金利で金融機関は巨額の利益を手に入れているが、貸出は伸びず、マネーの循環は不活発である。

日本経済の不振はGDPのマイナス成長に顕著にあらわれているが、質的にも量的拡大を難しくしている。その極みは、企業は従業員に憲法で謳われている「すべて国民は、健康で文化的な最低限度の生活を営む権利を有する」(第25条)を反故にしていることだ。拘束時間は長く、有給休暇の取得率は低く、乏しい育児休暇など先進国では最低水準にある。これだけ従業員を絞れば、出生数の減少だけでなく、高齢出産の増加や未熟児の増大など質的な問題まで引き起こし、抜き差しならない状況に陥る。

 EUは政策金利を0.75%に引き下げたが、6月のユーロ圏インフレ率は前年比2.4%だ。インフレ率よりも政策金利が低く、お金を借りたほうが得である。ユーロ3ヵ月物金利は0.44%であるから、実質金利は約マイナス2%になる。インフレ率はギリシャ(0.9%)が最低でエストニア(4.1%)が最高である。だが、長期金利はドイツの1.33%を最低に26.21%のギリシャまで極端な差がある。これではいくら政策金利を下げても高い国では資金需要が出てこない。ドイツの実質長期金利はマイナスになり、長期金利の低い国はますます金融面で有利になり、経済は拡大することになる。長期金利の金利差拡大はユーロ圏内の成長格差拡大要因になっている。

5月のユーロ圏失業率は11.1%と前月よりも0.1ポイント上昇し、過去最高を更新した。17ヵ国のなかで最も低いのはドイツの5.6%で最悪のスペインはその4倍超の24.6%である。失業率にこれだけの違いがあれば金融政策や財政政策の規模や内容も変えなくてはならないが、ECBを設立し共通通貨を導入したために、域内同じ政策で対応するという矛盾を抱えてしまった。政策金利は同じだが、国債は市場に任せる制度を続けるかぎり、信用力のある国の国債は買われる一方、信用のおけない国の国債は買い手が付かないことになる。

こうした問題に対するユーロ圏の対応はその場かぎりの対処であり、根本的な治療法ではない。市場もまったく美人投票行動に終始しており、みながどのように思うかということばかりに注目し、実際に政策の効果や影響を評価することには疎いのである。だから、一時的には変化してもすぐに元の木阿弥となってしまうのだ。

今のユーロ圏の経済状態に鑑みれば、0.25%の利下げなど実体経済にはまったく影響しない。そのような子供だましの政策でも為替や株が変化するのは美人投票以外の何物でもないからだ。そうした表面的な変化をさも重大なことのように報道、解説することに虚しさを覚えるのは私だけであろうか。 

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