資本主義経済の破綻

投稿者 曽我純, 7月15日 午後4:29, 2012年

週末の日経平均株価は3週間ぶりに9,000円を割り込んだ。5月の機械受注(船舶・電力を除く民需)が14.8%も急減すれば、経済の先行き悪化観測が強まり、とても株式など買えたものではない。一方、機械受注によって国債は安心して買われ、利回りは0.77%と03年6月以来約9年ぶりの低水準に低下した。03年6月、国債利回りは一時0.5%を下回ったが、日本の人口構造上の問題や原発を考えれば、当時よりも日本経済の体力は明らかに低下しており、0.5%もあながち不可能な水準ではない。

国債利回りの著しい低下は主要国に押しなべて広がり、過去100年という長い期間に経験したことがない異例の金融現象に直面している。名目GDPが前年比4%伸びている米国の利回りは、それを2.5ポイント超も下回る1.5%以下に低下するなど、国債相場は実体経済から完全に離れてしまい、金融経済だけが独自の世界を構築している摩訶不思議な現象が出現している。

実体経済と金融経済に不均衡状態が発生すれば、たとえば経済が好調で収益率が国債利回りよりも高ければ、資金需要が旺盛になり、利回りが収益率に等しくなるまで上昇することになる。今はこうした均衡を引き起こす諸力が働かなくなり、実体経済と金融経済が断絶状態にある。言い換えれば資本主義経済の大本が機能しなくなっており、資本主義経済は完全に破綻したといえる。

各国の政府と中央銀行が金融機関を保護優遇すればするほど、実体経済と金融経済は遊離してしまい、資本主義的メカニズムは機能しなくなる。本来なら潰れてなくなってしまうのだが、政府の支えにより潰れず存続する。まさに金融社会主義というべき経済体制なのだ。政府が自ら資本主義を葬り去ったのである。

 経営に失敗した企業は自力で再生できなければ倒産し、消えてしまう。それを政府の援助で生きながらえることは、不公平であり、国自ら資本主義を否定したことになる。中小零細企業の経営行き詰まりは放置する一方、政府にパイプのある大企業には手を差し伸べる。あまりにも理不尽な扱いではないか。

 放漫経営の大企業を存続させていることが、日本経済の泥沼化を招いているのだ。経営の杜撰な企業の赤字を税金で救済すれば、経営規律は緩み責任はなくなる。こうした不良企業の増加が実体経済のダイナミズムを奪い取ってしまっている。

 昨年度の日本の名目GDPはマイナス2%であり、国債利回りを含む金利の機能は失われてしまっている。昨年度までの10年間の年平均成長率はマイナス0.6%であった。利回りはゼロ以下に下がらないので、日本の金融経済と実体経済は10年以上前から調整機能が失われていたのだ。日銀は金融政策決定会合を開いて、小手先のオペ等の実施で実体経済に資すると言い放っているが、会合を開くだけ時間と金の無駄だ。

マイナス成長に陥れば、実体経済と金融経済の均衡を回復させるメカニズムは機能しなくなる。つまり日銀がどうあがいても日本経済を金融の力で引き上げることはできないのである。日本は資本主義的金融政策ではどうすることもできない経済に変身してしまい、今や実体経済に影響を及ぼすことが可能なのは国の財政政策だけになった。

金融経済の実体経済を引き上げる力は喪失してしまったが、金融の収益力は前にも増している。ゼロ金利で調達した金を高い金利で貸し付けることが出来るからだ。実体経済から金融経済への所得移転であり、金融経済の略奪がなにの抵抗もなく進行しているのだ。実体経済の収益率がマイナスになっている一方、金融経済の収益率は1.5%(2010年度の貸出金利鞘、全国銀行)超えている。資金運用収益は10兆円超と巨額であり、この大半は貸出から得たものだ。貸出が減少しても国債を購入すれば自動的に利息が入る。それらの原資は預金である。ゼロ金利の恩恵を受けているのは金融機関や資金運用機関だけである。

本来、経済が縮小すれば、預金や貸出が減少し、金融機関等の収益も減少するはずだが、日本では、そのようなメカニズムは働いていない。家計は所得の減少につれて、消費を削り、貯蓄水準を維持する行動を取っているからだ。6月の預金も前年比1.9%増加しており、決してマイナスにはならない。こうした貯蓄行動が金融機関の高収益に寄与している。

FRBはゼロ金利を2014年末まで継続すると明言している。経済回復力が想定よりも弱いからだと理由付けているが、実際は金融機関の救済が目的だ。米商業銀行の不動産貸付はピークから減少額が小幅であり、現金での手持ちも依然異常に高く、資産内容は正常な状態から掛け離れている。さらに酷いのが政府系不動産貸付会社であり、自力での存続は不可能である。

だから、名目成長率が4%もありながら、本格的な資金需要がでてこないのだ。金融経済が何兆ドルもの爆弾を抱えていれば、金を借りて事業を行う気持ちにはなれない。爆弾を処理した後でなければ怖くて、リスクなど取れないからだ。ゼロ金利で時間を稼ぐことはできても、根本的な治療でないので、これからも米国経済はたどたどしい歩みから抜け出せないだろう。思い切ったメスを入れなければ、いくら長期間ゼロ金利を継続しても、実体経済と金融経済の断絶は続き、ゼロ金利は実体経済に波及しないのである。

ユーロ圏経済もまったく米国と同じであり、財政問題に集中しているEUの官僚は問題を取り違えている。不動産バブル崩壊による不良債権を金融機関は処理しきれていないことが、ユーロ圏景気悪化の最大の要因なのだ。多くの不良債権が金融機関や家計に残っている状態では、政策金利を下げても経済を回復に導くことはできないばかりか、自由に動く国債利回りの急騰という障害が加わり、ユーロ圏での経済格差が拡大し、収拾がつかなくなっている。

世界経済の約4割を占める日米欧の金融経済と実体経済の調整メカニズムが機能しなくなっている。資本主義経済のプラスの側面が作動しなくなり、日米欧の経済はもはや資本主義経済とは言えない別物に転じてしまった。資本主義ではないので、従来の政策では効き目はなく、新薬を開発しなければならなくなった。当面は財政に頼るほかないが、資本主義を超える体制を構築しなければならない重い課題に突き当たっており、これを克服しなければ、進歩した経済社会には到達できないのである。 

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曽我 純

そが じゅん
1949年、岡山県生まれ。
国学院大学大学院経済学研究科博士課程終了。
87年以降証券会社で経済・企業調査に従事。
「30年代の米資産減価と経済の長期停滞」、「景気に反応しない日本株」(『人間の経済』掲載)など多数