賃金格差拡大による消費収縮

投稿者 曽我純, 11月23日 午前8:58, 2020年

新型コロナ感染拡大が世界経済を揺さぶっている。ウイルスが宿主として入り込んだ人との折り合いがまだ定まらないのだろう。人間に宿ってから1年にも満たないので、簡単に収まることはなく、長期戦として備えなければならない。ウイルスの猛威にはさすがの米株式も足踏みを余儀なくされ、債券利回りは低下、3カ月物短期金利は過去最低を更新した。

感染者数と死亡を日本と欧米で比較すると、欧米が桁外れに多いにもかかわらず、経済は日本のほうが振るわないのである。7-9月期のGDP統計が公表されたが、実質前期比の伸びは米国7.4%、ユーロ圏12.7%に対して日本は5.0%と低い。前年比でも米国-2.9%、ユーロ圏-4.3%だが、日本は-5.8%であり、日本の回復力は欧米よりも劣っている。回復力が弱い最大の要因は最終消費の不振に尽きる。米国の実質個人消費支出は前期比8.9%、前年比-2.9%であったが、日本は4.7%、-7.2%だった。9月の鉱工業生産の前年比伸び率はいずれもマイナスだが、日本-9.0%、米国-6.8%、ユーロ圏-6.8%と生産もやはり日本のマイナス幅が大きい。

こうした実体経済の不振の度合いは物価にも表れている。米国の消費者物価も低下傾向にあるけれども、前年比1.2%のプラス。だが、ユーロ圏は-0.3%、日本は-0.4%に落ち込んだ。日本のマイナスは2016年9月以来4年1カ月ぶりである。経済活動の低下が物価を押し下げており、消費不振が持続すれば、デフレは一層進むことになる。これでも日銀は物価2%目標を掲げている。とても正常な思考の持ち主とは思えない。

日銀の『営業毎旬報告』によれば、11月10日現在の日銀総資産は697.9兆円、3月10日と比較すると109.2兆円増加している。この8カ月で貸付と国債が58.5兆円、40.8兆円それぞれ増加し、貸方は当座預金が90.6兆円増である。10月のマネタリーベースによれば日銀当座預金は前年比19.2%も急伸している。これだけマネーが急増しているが、実体経済への効果はほとんどあらわれていない。

日銀の『マネーストック』の預金をみると、2019年は前年比5.8%だったが、今年5月は10.2%と2桁に上昇し、10月は15.2%と高い伸びを持続している。10月の預金の平均残高は807.2兆円、前年よりも106.3兆円も拡大しているのだ。5月以降の預金急増は先行きへの不安と給付金の受け取りによるものだ。2019年の預金の前年比増加額41.7兆円と今年10月までの増加額を比較すると、いかに家計の心理が変化しているかが分かる。

10月の預金は前年よりも106.3兆円増加しているが、大半は日銀の当座預金に向かった。日銀はその資金で国債を購入し、貸付を増やしている。貸付は新型コロナ感染症対応金融支援であり、売上高などの不足分を埋め合わせるという経済活動を刺激するものではない。貸付だといっても経済を循環する金ではなく、そこで消えてしまう金なのだ。だから、いくら貸出を増大しても一向に経済は良くならないのである。

日銀は民間金融機関から国債を購入し、資金を供給しているが、その金の多くは日銀に舞い戻っている。民間金融機関の貸出も10月、前年比5.9%伸びているが、設備投資資金などではなく、後ろ向きの融資の割合が多いはずだ。

経済を動かす原動力は消費である。が、日本ではこの消費心理が、先行きが読めないことから、極めて慎重になっているのだ。7-9月期の名目GDPは前年比4.8%減少したが、家計最終消費支出(持ち家の帰属家賃を除く)は9.0%も落ち込み、2009年以降の7-9月期では最低である。家計最終消費支出のGDP寄与度は-4.1%であり、これでGDPをほぼ決定づけた。民間企業設備の寄与度も-1.8%と拡大しており、プラスに寄与したのは純輸出と公的需要の0.7%、0.6%である。

7-9月期の家計最終消費支出は56.8兆円、前年比5.6兆円減、4-9月期では前年同期を13.8兆円下回っている。4-9月期に給付金はすべての人に行き渡っているが、それでも消費は13.8兆円減と給付金以上の規模で減少した。

7-9月期の雇用者報酬は前年比2.2%減の67.0兆円と2四半期連続減となり、4-9月期では前年よりも3.6兆円減少した。家計最終消費支出の減少額は報酬減の3.8倍に当たる。2四半期連続で雇用者報酬が減少したことにより、家計の消費意欲喪失に拍車を掛けることになるだろう。

約12兆円の給付金が経済効果を発揮できないのは、高所得者層から低所得者層まで一律に配ったからである。高所得者層に給付金を与えても、消費にまったく困っていないので、給付金は丸ごと貯蓄されたはずだ。日々の生活に困窮している低所得者層にとっては干天の慈雨になっただろう。必要としないところへ金を配ったところで、経済的効果はすこしも生まれないのである。

『毎月勤労統計』によれば、9月の一般労働者の現金給与総額は前年比1.4%減少した。業種別(大分類)では「宿泊、飲食サービス業」の-7.7%が最大であり、以下、「鉱業、採掘」-4.5%、「運輸、郵便」-4.4%、「建設業」-2.6%と続く。前年比プラスは3業種にとどまる。この3業種のなかに現金給与総額最高の「電気、ガス」が含まれている。「電気、ガス」の現金給与総額は45.7万円であり、最低の「宿泊、飲食サービス業」(25.0万円)の1.82倍である。パートタイム労働者の現金給与総額も一般労働者同様、「電気、ガス」が最高で「宿泊、飲食サービス業」が最低であり、2.10倍の格差がある。一般労働者・パートタイム労働者の現金給与総額(調査産業計)比率は3.55倍も開いている。

新型コロナの直撃を受けている業種は元々低賃金のところへ業績悪化による賃金カットが加わり、賃金格差が拡大しているのだ。賃金格差拡大だけでなく解雇も「宿泊、飲食サービス業」では顕著になっている。給付金は現金給与総額が下位のグループに与えるべきであって、給与の上位グループに与える必要はない。

第2次安倍政権が発足する2012年9月と2020年9月の一般労働者現金給与総額を比較すると、今年9月が2012年9月を3.2%上回っている。8年間で3.2%、年率では0.4%にすぎない。調査産業計では3.2%増だが、16業種中2業種は8年前を下回っており、業種別最低の「宿泊、飲食サービス業」は3.7%減だ。現金給与総額トップの「電気、ガス」は3.6%増加していることから、最高と最低の格差は2012年9月の1.69倍から2020年9月の1.82倍に拡大した。こうした大きな給与の格差が現存する限り、格差に相応しい支援が必要なことは言うまでもない。

所得税・住民税の最高税率を1970年代以降引き下げる半面、1989年の消費税導入とその引き上げ、さらに1985年の労働者派遣法の成立などによる意図的格差拡大政策が今日の所得・資産格差をもたらし、多くの国民を、消費支出を抑制しなければ生活できない経済状態へ追い込んでいるのだ。こうした格差拡大を是正するには、所得税、消費税さらに法人税を1970年代、1980年代の水準に引き上げていく方法しかないだろう。

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曽我 純

そが じゅん
1949年、岡山県生まれ。
国学院大学大学院経済学研究科博士課程終了。
87年以降証券会社で経済・企業調査に従事。
「30年代の米資産減価と経済の長期停滞」、「景気に反応しない日本株」(『人間の経済』掲載)など多数