円の急騰、株の急落、まさに投機業者は我先に市場から逃れようとしている。投機業者に円買い・日本株売りの引き金を引かせたのは、黒田総裁のマイナス金利導入である。マイナス金利まで持ち出せば、これを上回る政策は出てこない。規模を拡大するのが関の山だ。これまでの日銀の政策が実体経済にそれなりの影響を与えていたならば、投機業者はさらに円売り・株買いに賭けただろうが、実体経済にみるべきところはない。「できることは何でもやる」と黒田総裁が再三発言しても、日銀の政策は出尽くし、日銀の限界が明らかになったと投機業者は決断し、円買い・株売りに打って出た。日銀が最大のカードを切った結果である。
報道では円は「比較的安全な資産」なので買われているとしばしば、決まり文句のように誌面に表われ、報道されているが、まったくのでたらめだ。売買の主体は投機業者であり、彼らは「比較的安全な円」だから、買っているのではなく、儲かりそうだから買っているのである。あるいは、日本株の利食い売りをする一方、今までの円売り・ドル買いの反対売買をしているのだ。安全な資産という捉え方など微塵もないだろう。投機業者なのだから、買うときは買い、売るときは売る。経済がどうなるこうなることなどはまったく頭にない。美人投票に徹し、いかに一歩でも先んじ、出し抜き儲けるか、遣られるかの世界だから。そのような投機業者と対話をしながら金融政策をするなど遇の骨頂だ。政策目標など掲げる必要はないし、政策の事後説明も必要最小限でよい。博徒につぎの手を説明するような胴元はいない。
投機業者に円売り・日本株買いを手招きしたのは政府と日銀であり、自ら演出した円安ドル高と株高の付けが回ってきている。金融政策という麻薬を処方し、薬が効いているときはよいが、薬が切れてくると、さらにきつい麻薬を処方しなければならなくなる。しかも、麻薬により市場は陶酔状態に陥り、日経平均株価が2万円を超え、経済とかけ離れてしまう。何度も劇薬を処方するけれども、実体経済は無反応で金融経済だけが舞い上がる。
昨年の売買代金(東証1部、1日当たり)は2.85兆円と2007年(3.0兆円)に次ぐ。ちなみにバブル絶頂期の1989年は1.3兆円、昨年はその2倍超に膨れており、いかに株式が異常な状況にあるかを証明している。2004年以降は2012年を除けば、1989年の売買代金を超えており、ゼロ金利等の金融政策が日本株の博打場としての性格を強めているかがわかる。
これ以上の麻薬が期待できないとなれば、投機業者は手を引く以外になすすべはない。黒田総裁はまだやれるといっているが、投機業者も愛想を尽かし、黒田総裁が何を言おうが、日本株を早く売り切り、キャッシュを手に入れたいのである。
今になって景気の具合がよくなさそうだといっているが、すでに2011年半ば以降、世界経済は優れない状況下にあったのだ。商品市況は金融危機後、急速に回復したが、2011年4月にCRBは370のピークを付けている。その後、市況は軟調になったが、2014年6月以降は激しく値崩れし、釣瓶落としの様相を呈していた。商品市況から判断すれば、2014年央あたりから原材料の需要減退が顕著になっていたのである。ゼロ金利によって、あるいは追加金融政策への期待などから、商品相場の値崩れにもかかわらず、投機業者は株式相場を楽観的にとらえていたのである。
株式は商品相場の完全なる遅行指数になってしまった。商品相場が急速に下落していたときに、日本株は上昇していたのである。日本株がピークを付けたのは2015年6月だから、商品相場とは1年のタイムラグがある。本来は2014年央に株式もピークアウトしなければならなかったのだ。それを麻薬でごまかし、2015年の6月まで延命させたのだ。日経平均株価は、せいぜい15,000円あたりがピークなのである。今は、ほぼこの水準に引き戻された。
景気先行指数も低下している。ピークは2014年1月(112.9)であり、昨年12月は102.0と2013年1月以来約3年ぶりの低い水準である。過去の先行指数と株価の関係はピークとボトムは概ね一致していたが、今回は大幅に株価が遅行している。これも日銀の金融政策への期待によって株価形成が歪められたからだ。
株式と連動して動いている円ドル相場はまれにみる円急騰場面にある。日銀が最後のカードを切ったことに加えて、日本の経常収支が急速に改善していることを挙げることができる。昨年12月の経常収支は9,607億円、前年の4.2倍に拡大した。12月としては2000年以来5年ぶり高水準である。経常収支は2月以降急増する見通しであり、特に、期末の3月は3兆円程度の黒字が見込まれ、向こう数ヵ月で7兆円ほどのドル売り円買いが発生するだろう。こうした実需の円買いドル売りを見込んだ先回りの円買いが異常な円高をもたらしている一因ではないだろうか。
資源価格の暴落は海外資源依存度が高い日本にとって、商品価格下落の恩恵はきわめて大きい。輸出も減少しているけれども、原材料価格の急落により輸入は前年比2桁減である。輸入の大幅減によって貿易収支も黒字になってきた。今後、経常収支の黒字額は増加傾向を辿るだろう。実需の円買いドル売りが増えることで、円高ドル安はそう簡単に終息しないと思う。