米貿易赤字と製造業の衰退

投稿者 曽我純, 2月25日 午前8:49, 2019年

NYダウは9週続伸で昨年10月に付けた過去最高値を3.4%下回るところまで回復した。日経平均株価も戻してはいるが、昨年10月の高値を12.4%も下回っており、米株に比べて戻りは鈍い。日本株のメインプレイヤーである外人が昨年高値を付けてからほぼ売り越してきているからだ。外人は昨年12月、1兆円超、今年1月5,081億円、2月第2週までは2,025億円、東証1部で売り越している。全国証券取引所ベースでは昨年1年間、外人は5.2兆円の日本株の売り越しだが、地域別では、欧州が3.7兆円、アジア1.1兆円、北米は2,621億円それぞれ売り越している。

株価の推移から推測すれば、相対的に経済が良い米国株に資金は流入しているようだ。政府や日銀の掛け声だけで、日本経済はほとんど変わっていないことに外人は落胆しているのかもしれない。経済だけではなく安倍政権の数々の力による民主主義を踏みにじる強引な政治に対しても不信感を抱いているのだろう。

トランプ大統領は株式関係者からの評価を得るために対中交渉を積極的に進めているが、すでに対中貿易赤字の削減は主要議題ではなくなってきている。あれほど米国第1主義を強く打ち出し、巨額赤字をがなり立てていたが、いまや赤字削減の文言はどこにも見当たらない。

安い人件費と巨大マーケットを理由に中国に大挙して押しかけ、自国の製造業は衰退してしまった。米国に製造業のネットワークが脆弱化してしまった現状をどのように考えているのだろうか。米国で製造するよりも中国で製造したほうが儲かるから出かけたのだろう。いまさら帰ることはできない。中国で製造するしかないのだ。ヒト・モノ・カネは中国に流れていき、米国などが中国経済を強大にしたのである。

製造業の衰退は致命的だ。一旦、物つくりの土台が崩れてしまうと元に戻すことは容易ではない。米製造業が復活しない限り、対中赤字だけでなく赤字は減少することはないのである。米国民所得に占める製造業の割合は1998年の14.9%から2017年には9.6%に低下した。米国経済の大半は物つくりではなく、金融、保健、不動産、医療、小売、情報等のサービス産業なのである。

製造業が米国経済の10%にも満たない状態に落ち込んでいることは、輸出可能なものも減少していることなのだ。米国は輸出を拡大して貿易赤字を削減することはできない国になってしまったのである。かといって、輸入品に高関税を課し、輸入を減少させることもできない。輸入に頼らざるを得ない経済になってしまったからだ。輸入しなければ米国経済は機能しないのである。

米国の貿易赤字(もの)は製造業の衰退に連れて、1976から連綿と続いている。2017年のものの赤字額は8,426億ドル(GDPベース)、金融崩壊前の2007年よりも多い。いまさらながら、これだけ巨額の赤字を減らすことなどできるわけがない。2009年のように経済が収縮すれば、輸入が減り、赤字も少なくなるが、経済が成長しているときには、赤字は拡大する。

物つくりを大事にしてこなかったことの付けが巨額の赤字として回ってきているのだ。危険、汚い、きついといった3Kの仕事は自分たちで遣らずに、移民、外国人労働者、さらに海外で遣らせる。手を汚さない楽な仕事ばかりに目を向けてきたことの結果でもある。

安い労働力を求めて中国に生産拠点を移す。ものの値段は安くなり、国内の消費者は喜ぶ。中国での生産は拡大し、生産技術も高まってくる。より良い品質のものができるようになり、米国はますます中国生産に依存することになる。急速に中国は米国に追いつき、分野によっては、米国は中国に太刀打ちできなくなる。かつて、日本企業は繊維から家電、自動車、半導体で米国市場を次々に席捲したが、今は中国企業が米国を脅かしている。

米国はすでに外国企業に幾度も苦しめられたにもかかわらず、同じ轍を踏んでいる。日本も米国と同じ境遇にある。生産技術は早晩、移転してしまう。欧米の技術を導入、自家薬籠中の物にした日本を例に挙げるまでもなく、生産技術は高いところから低いところへ流出していくものなのだ。

だから製造業は闇雲に海外へ出て行ってはいけないのだ。一時しのぎでしかない。いずれ、海外の賃金も上昇し、メリットは消え、利益も出なくなる。できる限り国内に生産ネットワークの根幹は残さなければならない。継続的に生産を行うことによってのみ、改良、改善が生れ、ノウハウも蓄積されていくからだ。

2017年の米国の総雇用は1億5,053万人、そのうち製造業は1,245万人、総雇用の僅か8.3%でしかない。製造業の雇用は2010年を底に緩やかに増加しているけれども、2008年レベルにも届いていない。

2017年の日本の製造業就業者数は1,052万人、ドイツは762万人、総就業者数の15.8%、17.2%を占めており、米国の比率をはるかに上回っている。米金融崩壊後、ドイツ製造業雇用も2010年まで減少したが、2017年には2002年の水準まで戻っている。東日本大震災も加わり日本の製造業就業者数は2012年まで減少していたが、2013年以降幾分持ち直している。2017年と2012年を比較すると5年間で19万人、1.8%増にとどまる。2017年・2008年比ではマイナス8.6%であり、ドイツに比べて回復力は著しく弱い。

日本経済は製造業就業者の回復が弱いところへ、輸出減という事態が加わってきている。今年1月の輸出は前年比-8.4%と2016年10月以来2年3ヵ月ぶりの大幅減となった。輸出額の5割強を占めるアジア向けが前年比13.1%も落ち込んだからだ。特に、対中国輸出は-17.4%と2ヵ月連続のマイナスとなった。対中輸出減は一般機械、電気機器、鉄鋼、非鉄など広範囲に及んでいる。一般機械は昨年9月まで2桁増だったが、11月にマイナスに転じてから今年1月には-26.6%と急速に悪化している。

日本の製造業の輸出依存度は高い。今年1月の輸出だけで前年同月を5千億円強下回る。このうち中国だけで2千億円のマイナスだ。このような輸出の前年割れが続けば、日本の製造業は大きな打撃となる。

輸出の減少は貿易収支を悪化させ、1月は1兆4,152億円の赤字となった。これで4ヵ月連続の赤字となり、累計では2兆6,650億円の赤字だ。これは円売りドル買いとなり、円安ドル高を引き起こす。米金融政策や1月の米景気先行指数の前月比マイナスなどドルにとっても売り材料はあるが、日本の貿易赤字の影響は大きく、円じり安が続くように思う。

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