米独債券利回りの異常な低下

投稿者 曽我純, 5月13日 午後6:33, 2012年

週末の日経平均株価は2月第2週以来の9,000円割れとなった。6週連続安となり、計1,130円の下落だ。6週連続安はリーマンショック以前の08年7月以来約4年ぶりである。一方、10年債利回りは0.85%に低下し、2010年10月第2週を下回り、03年6月第4週以来約9年ぶりの低い水準に低下した。株式下落や債券利回りの低下は、米国経済の先行き不安、混沌としてきた欧州の行方、日本企業の業績不振等によるものであり、今に始まった問題ではない。こうした問題が世界経済に横たわっていたが、市場参加者はそれらのことを見て見ぬ振りをし、都合のよい楽観的なシナリオを描き、実体経済から掛け離れた水準まで買い進んでいた。だが、いつまでの実体経済を無視して買い続けることはできない。早晩、ババを掴まされ、巨額損失という代償を払わねばならなくなるからだ。

 米国経済の銀行部門は依然正常ではない。4月の米商業銀行不動産貸付は3.53兆ドルと過去数ヵ月ほぼ横ばいで推移しており、07年の第4四半期並みの高水準にある。貸付のピークから0.34兆ドルの減少にとどまり、総貸付に占める不動産貸付は5割を超える。ピーク比では6ポイントほど低下しているが、長期趨勢からみれば、不動産貸付に傾斜し、異常な貸付から抜け出していないことはあきらかだ。

商業銀行の現金選好は相変わらず強く、4月、1.57兆ドルのも現金を保有している。08年の金融危機以前の3,000億ドル程度にくらべれば約5倍の現金を抱えていることになる。なぜこれほどの現金を抱えざるをえないのか。最大の融資先である不動産市場が冷え切ったままであり、信用不安も解消していないことが、現金保有を選好に繋がっている。証券類保有額は4月、2.62兆ドルと過去最高を更新した。そのうち1.33兆ドルはモーゲージ担保証券であり、これも依然増加しつつある。商業銀行の資産構成は正常な姿から掛け離れているといえる。

 銀行の中身が過去のトレンドから逸脱していることは、マネーの流れも悪く、米国経済は病から抜け出していないということだ。1-3月期の米実質GDPは前期比年率2.2%と前期よりも0.8ポイント低下した。在庫増の寄与分を除けば1.6%にとどまる。個人消費の寄与度は2.04と3四半期連続で拡大したが、前期に続いて乗用車等の寄与度が大きく、サービスは低調である。民間設備投資は前期比年率-2.1%と09年第4四半期以来のマイナスになった。

それでも名目GDPは前年比4.0%伸びており、10年債利回りを2倍以上上回っている。いかにも債券利回りは低く、資金需要がでてきてもおかしくない。が、長期資金需要は弱く、3ヵ月物金利も低下し続けていることから、短期資金の動きも鈍いのである。実体経済と金利の異常な関係はFRBが作り上げたものだ。本来であれば、債券利回りは4%を超える水準に上昇して不思議ではないが、FRBの無茶苦茶な買いオペとゼロ金利継続宣言により、利回りの上昇が抑えられており、週末には戦後最低水準に低下した。

債券利回りの低下、すなわち長期期待収益率の低下にもかかわらず、米株式は大幅な調整にも直面せず、高い株価を維持している。いままでのパターンでは、債券利回りと株価は同じように動いていたが、FRBが買いオペを強化した2010年後半以降は両者の関係が薄れてきている。FRBの資金供給策によって、米株式・債券市場は麻薬付けにされてしまい実体経済と利回りの関係が切断されてしまった。ゼロ金利と買いオペにより薬漬けにしたFRBの罪は重い。市場原理が働きやすい株式・債券市場でさえも、FRBの介入で完全にマニピュレイトされているのである。薬が切れたらどうなるのだろう。これでも資本主義というのだろうか。

 10年債利回りは日本がもっとも低いが、昨年10-12月期の名目GDPは前年比2.3%減であり、債券利回りが1%以下であっても、期待収益率がマイナスでは資金需要はでてこない。だから、日銀がいくら買いオペを強化しても債券利回りをマイナスにはできないので、実施しても効果はない。

 ユーロ圏の債券市場も酷い状態にある。政策金利は1%だが、週末の10年債利回りは最低のドイツの1.52%から最高ギリシャの24.54%までの開きがある。昨年10-12月期のドイツ名目GDPは前年比3.1%増加した。ドイツの債券利回りは過去最低水準にあり、名目成長率の半分である。正常な経済状態では債券利回りは3.1%に向かって上昇するはずだが、現実は低下している。

ユーロ圏17ヵ国の経済状態は異なる上に、信用問題が前面にでているため、とほうもない利回り格差が生まれている。しかもFRB同様、昨年秋以降、ECBも資金供給を著しく拡大させ、直近ECBの総資産は2.96兆ユーロと昨年9月から約1兆ユーロも増加した。これだけの資金供給をしても、債券利回りの格差はさらに開き、経済の混乱は収まらないのである。

 経済が強く、信用力のあるドイツは通常上がる債券利回りが下がり、超低金利で資金調達が可能となり、企業収益力を引き上げる。他方、債券利回りの高い国は下がるべきはずの利回りが上がり、資金調達の手段が奪われてしまう。共通通貨を導入し、域内の障壁を撤廃しても、国債がある限り、国債にすべて皺寄せするのである。強い国が弱い国の面倒をみることで域内を平準化させる方策を策定しなければ、ユーロ圏は泥沼から這い出すことは難しい。 

曽我 純

そが じゅん
1949年、岡山県生まれ。
国学院大学大学院経済学研究科博士課程終了。
87年以降証券会社で経済・企業調査に従事。
「30年代の米資産減価と経済の長期停滞」、「景気に反応しない日本株」(『人間の経済』掲載)など多数