昨年暮れの米株急落やパウエルFRB議長の発言によって、対ドルで円は一時104円台まで急騰した。昨年12月半ばまでの113円台に比較すれば、先週末比でも約5円の円高だ。この急激な円高ドル安はさらに進行するのか、あるいは逆の円安ドル高に向かっていくのか、株価の動向にも大いに関係するだけに、為替の動きに目を離すわけにはいかない。
パウエルFRB議長は株式を支える姿勢をはっきりと表明した。FRBの言質は取った。その心配はなくなったけれども、金融政策だけで株式を支えることはできない。株式価値を決める最大の要因は企業利益だからだ。企業利益が伸びないことには株式価値も上昇しない。それも先の見通しが明るくなければならない。今年の利益は期待できないが、来年は大幅な増益になりそうなシナリオを描くことができ、市場参加者がそのシナリオに賛同すれば、株価は底堅く推移するだろう。
今週から昨年第4四半期の米企業業績の発表が本格化する。国民所得統計から昨年第3四半期までの企業業績を振り返ってみよう。第3四半期の税引き前利益は前年比10.4%増加したが、税引き後利益は19.6%と昨年第1四半期以降、3四半期連続の2桁増と好調である。税引き前と税引き後では9.2ポイントもの開きがある。これはトランプ大統領が法人税を2018年に35%から21%に引き下げ、海外子会社からの配当課税を廃止したからである。
2017年第4四半期の法人税(年率)は3,338億ドルだったが、2018年第1四半期には2,120億ドルに減少した。昨年第1四半期から第3四半期までの法人税(累計、年率)は2,301億ドルと2017年の3,563億ドルを大幅に下回っている。
利益の前年比伸び率は税引き前も税引き後もこれまでは大きく離れることはなかったが、2018年第1四半期を境に一気に乖離してきた。それほど減税の利益への効果は大きかったといえる。ただ、今年は減税で税引き後の利益を押し上げることはできない。税前の利益が伸びるかどうかに全ては掛かっている。
アップルは昨年第4四半期の売上高見通しを下方修正したが、中国への依存度の高い企業は見通し通りにはいかないだろう。米中の貿易戦争は短期間で収束することはなく、トランプ大統領の対中政策で米国企業は苦しめられる。政治的にも民主党が下院で過半数を超え、互いに譲らないため、政府機関の閉鎖が長引くような事態も招いている。トランプ大統領の独裁的振る舞いは続くことになるので、米国の政治の混迷は続き、延いては世界経済にも影響するだろう。
米国経済と企業業績はトランプ大統領によって攪乱させられている。法人税や所得税の減税をする理由などなにもないのだ。中国と経済的に争うときでもない。まったく唯我独尊であり、自制心も寛容さも持ち合わせていない人物に大統領に就かせるなど、遇の骨頂である。確かに、減税は税引き後利益を引き上げたが、今後、企業はそれを上回るマイナスの影響を被ることになるのではないか。
米国民所得統計によれば、税引き前利益に占める法人税の比率は2018年第1四半期、9.7%と2017年第4四半期よりも5.8ポイントも低下した。昨年第2、3四半期は10.5%だった。1960年の法人税・利益比率は40.0%だったが、その後、長期的に低下している。2017年は16.7%だったが、昨年は10%程度に低下したはずだ。もちろん戦後最低である。
2017年の税引き後利益・国民所得比率(資本分配率)は10.4%だが、昨年は11.6%と2012年の過去最高に接近したようだ。資本分配率は2001年の6.2%を底に上昇し、金融危機時も8.4%と高く、2010年以降は連続して10%超を維持している。
資本分配率の上昇とは対照的に、賃金俸給・国民所得比率(労働分配率)は長期的に低下しており、米国の分配は企業に偏りすぎている。2017年の労働分配率は50.5%だが、2011年から2015年の5年間は50%を下回っていた。1987年までは55%を超えていたが、その後、徐々に低下していき、50%を割ることになった。労働分配率は低下する半面、資本分配率は上昇する傾向をはっきり読み取ることができる。
個人所得に対する減税効果は小さい。昨年第3四半期の個人所得税は前年比0.7%増加しており、前年を大幅に下回っている法人税のような減税効果はあらわれていない。それでも、個人所得税の伸びが小幅にとどまったため、可処分所得は前年比5.0%伸び、個人消費支出は5.2%も拡大した。
物価が安定し、雇用も緩やかに拡大を続けることができれば、米国経済は持続的な成長を歩むことができるだろう。原油価格の急落で、昨年12月の米消費者物価指数は前年比1.9%に低下した。エネルギー・食品を除くコアは2.2%と横ばいだが、前月比では2ヵ月連続の横ばいであり、物価の観点から利上げする理由はない。
利上げ政策の後退は円高ドル安になるが、企業業績の悪化などで米株がさらに動揺することになれば、円高ドル安はさらに進行することになる。減税効果が薄れ、貿易戦争による輸出入や物流に支障が生じれば、企業はなんらかの打撃を受けるのではないか。イギリスのEU離脱の行方やEUの盟主であるドイツ経済も気掛かりである。昨年11月の独鉱工業生産は前年比5.0%も落ち込んだ。
日本株は米株の流れをそのまま受ける。それだけでなく、米株の急落により、円高ドル安の急伸が、日本株の下落に拍車を掛ける。米株が激しく売られ、急落すれば、例えば日本の機関投資家も米株を売却するだろう。売却で得たドルをそのままドルで保有するだけでなく、一部はドルを売って円を買うという選択もする。米株がパニックになればなるほど、ドル売り円買いが活発になり、円高ドル安が急速に進むことになる。そうなれば、日本の輸出企業も円買いドル売りに走り、早めに円での売り上げを確定したいはずだ。円高ドル安は輸出企業の業績を下振れさせ、日本株は売り叩かれる。