米国経済の足元揺らぐ

投稿者 曽我純, 6月5日 午後6:33, 2011年

6月1日発表のADM雇用レポートとISM製造業景況指数が前月を大幅に下回ったことから、景気に対する不安が一気に広がり、資金は株式から債券にシフトした。NYダウはこれで5週連続安となり、ピークから5.1%低下した。米国経済の回復テンポの鈍化を背景に、対ドルで円やユーロは上昇、特に、円ドル相場は週末、80円15銭と週末値としては過去最高を更新した。今後、米国景気はさらに減速し、円高やユーロ高は進行するだろう。米ゼロ金利の長期化は必至であり、ユーロ高も期待できることなどから商品市況は底堅い。だが、商品相場も米国経済の足元が揺らぎはじめていることを、いつまでも等閑視することはできないはずだ。商品相場は実体経済から離れているため、遠からず激しい変動に見舞われるだろう。

 

 

ADMSレポートの通り5月の米非農業部門雇用者は前月比5.4万人増と前月の23.2万人増から増加数は大幅に縮小した。民間部門も4月の25.1万人増から8.3万人増へと鈍化したが、非農業部門ほどではなかった。それは政府雇用の減少が止まらず、5月も前月比2.9万人減少したからだ。

 

5月の非農業部門雇用者数は1億3,104万人だが、政府部門は2,212万人と非農業部門の16.9%を占める。リーマンショック前の08年8月には16.5%だった政府雇用者・非農業部門雇用者比率は景気の急激な落ち込みによって、2010年5月には17.7%に上昇し、90年代以降では最大となった。5月は09年1月以来の低い比率だが、それでも90年代以降ではかなり高い数値であり、民間部門の回復力の弱さを裏付けているといえる。

 政府部門は2,212万人を雇用しているが、連邦政府は285万人と政府部門の12.9%にすぎず、一番多いのは地方政府で1,415万人、構成比64.0%、州政府は23.1%の511万人であり、地方政府の雇用が政府部門の動向を左右する。5月の政府部門は前月比2.9万人減少したが、連邦政府と州政府はほぼ前月並みであり、地方政府が2.8万人減少した。地方財政の悪化により、教員の削減が1.8万人となり、教育部門への皺寄せが顕著である。だが、政府部門がピークを付けた2010年5月比では連邦政府の削減幅が最大であり、政府合計の85.3万人減のうち56.2万人が連邦政府の人員削減であった。

 07年12月をピークに下降していた米景気を下支えした政府雇用の増大が、財政赤字の拡大によって緊縮財政へと舵を切りつつある。民間部門の足取りがたどたどしいなかで、政府部門の雇用削減が拡大することになれば、景気後退のリスクが高まることになる。

2010年の1人当たり賃金・報酬は民間部門の48,555ドルに対して政府部門は52,802ドルと民間を8.7%上回っている。2000年には政府が2.8%高く、10年間で政府と民間の格差が拡大しており、賃金・報酬の高い公務員の削減は消費に影響しそうだ。

 

 

 09年6月の景気の谷から2011年5月までに、民間部門の雇用は0.9%増加したが、雇用の拡大に寄与したのは専門的サービスや教育・健康サービス部門であり、製造業や卸売はマイナス、小売業は横ばいにとどまり、雇用の回復は限定的である。

 

 雇用統計で気掛りなところは、民間部門に先行する傾向がある派遣社員が2ヵ月連続の前月比減となっており、5月までの5ヵ月の間、3回もマイナスになっている点である。民間部門の14ヵ月連続増とは対照的である。景気が悪化すれば、正規雇用に手をつける前に派遣社員を解雇し、回復の兆しがみえれば、景気の具合を窺いながらまず派遣社員を採用するのが企業の一般的な雇用の仕組みだ。派遣社員の動向に、景気の先行きを慎重に捕らえている米国企業の実情があらわれているように思う。

 5月の週平均労働時間(民間部門)は前月比横ばいであり、前年比でも0.6%の伸びにとどまり、平均時間給も前年比1.8%と低迷している。1,391万人の失業者を抱え、失業期間が27週以上の長期失業者は620万人いる。失業率は9.1%と2ヵ月連続で上昇し、消費者信頼感指数は5月、60.8と前月比5.2ポイントも低下した。雇用の改善が遅れ、失業率が上昇、消費マインドも低下すれば、米国経済の最大の担い手である家計消費が低迷することは容易に想像できる。雇用や給与だけでなく住宅資産の目減りも加わり、家計消費は絞られるだろう。  

 米国景気がふらつけば世界経済もおかしくなり、なかでも日本はその影響を最も受ける国である。内需の不振に加えて、輸出が大きく落ち込んでおり、内外需ともに失速している。4月の勤労者世帯の可処分所得は前年比-2.3%と2ヵ月連続のマイナスとなり、消費支出も2.1%減少した。

4月の鉱工業生産指数は前月比1.0%上昇したが、出荷は2.7%減少し、在庫と在庫率は0.5%、14.5%それぞれ増加した。5月、6月の生産は前月比8.0%、7.7%それぞれ伸び、大震災以前の2月の水準近くまで回復すると予想されている。

輸送機械工業の生産は3月、前月比46.7%も急低下したが、4月も1.5%低下した。3月、4月の2ヵ月で生産は激減したが、出荷がそれに輪を掛けて悪化したため、在庫と在庫率は前月比21.1%、81.4%の大幅増となった。4月の在庫率増の半分近くが輸送機械の寄与分である。

5月の新車販売台数は前年比37.8%減となり、耐久財の購入意欲は冷えたままである。5月以降、輸送機械の生産は急回復する見通しだが、冷え込んだ需要はなかなか回復せず、輸送機械は超過供給の状態から早期に抜け出すことは難しいのではないか。

回復していた輸出は4月、前月比5.5%減少し、09年12月以来の低い水準に沈んだ。回復していたとはいえ、2月の輸出は08年10月にも届いていないのだ。それが、今回の地震と原発でまた下降を余儀なくされた。放射能問題もあり輸出は簡単には回復しないだろう。輸出が収益の原動力である日本企業にとっては、輸出減の影響は極めて大きく、しばらく減益が続くだろう。

1-3月期の大企業全産業営業利益は前年比15.8%と2四半期連続で伸び率は低下した。特に、製造業は4.6%と大幅に鈍化したが、輸出の悪化に伴い4-6月期は前年割れとなるだろう。製造業の営業利益の伸び悩みはコスト高等により、売上原価率が非製造業よりも高くなり、売上高営業利益率も4四半期連続、非製造業を下回っている。売上原価率については10四半期も非製造業が製造業よりも低く、長期間続いてきた製造業の収益率の優位性が失われてきた。

非製造業の収益率が上昇したのは、人件費を削減したからだ。1-3月期の人件費は前年比1.9%増加したが、その前は3四半期連続の前年割れである。人件費を削減、抑制することによって、利益はでるけれども、結局、生産したものが売れないことになり、自らの首を絞めることになる。

内外需の不振により4-6月期の売上高は前年を下回ることになるだろう。人件費の削減だけではとても利益をだすことはできない。人件費削減、消費不振、設備投資意欲の低下といったマイナスの連鎖により、日本経済は縮小していくことになる。 

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曽我 純

そが じゅん
1949年、岡山県生まれ。
国学院大学大学院経済学研究科博士課程終了。
87年以降証券会社で経済・企業調査に従事。
「30年代の米資産減価と経済の長期停滞」、「景気に反応しない日本株」(『人間の経済』掲載)など多数