米国経済に潜む不気味さと為替の関係

投稿者 曽我純, 7月17日 午後10:01, 2011年

週末値で円ドル相場が79円台を付けたのははじめてだ。米国経済の低迷や欧州の債務問題などで円が買われている。日本の政治は混迷しているといわれているが、不思議なことに、円の魅力は強まっている。イタリヤやスペインの国債は売り込まれ、利回りは急騰しているが、債務残高(GDP比)の異常に高い日本の国債は買われている。これから大震災の復興に国債を発行しなければならないというのに、日本の国債は堅調に推移し、利回りは1%程度に低下した。

貸出の前年割れが続いている国内の金融機関は国債を買わざるを得ないし、外人も日本の国債を購入している。中長期債の外人買い越し額は6月までの半年間で4.9兆円とすでに2010年(6,125億円)の8倍の規模に拡大している。外人は1%程度の極めて低い利回りの国債をなぜ求めるのだろうか。国際分散投資の観点から米国やユーロ圏の国債だけではなく、落ちぶれたとはいえ、経済規模の大きく発行残高の多い日本の国債を組み込む必要があると考えているようだ。米国やユーロ圏に不測の事態が生じることになれば、当該国の国債は急落することになり、金融機関の損出は巨額になり、破綻に追い込まれることにも成りかねないからだ。

国別の対内中長期債買い越し額をみると、分散投資の拠点であるイギリスが支配的な地位にあるが、最近では中国の買い越し額の規模が大きくなり存在感を強めている。4月の中国の買い越し額は1.3兆円と全体の8割強に達する規模になった。巨額の外貨準備高を保有している中国も国際分散投資に踏み出したのかもしれない。

 米国の財政赤字は巨額のままであり、南欧諸国の国債も信用失墜の危機に瀕しており、外貨準備を抱える公的部門が欧州よりも日本国債の獲得に動いている。外人は日本国債だけでなく日本株も積極的に購入しており、そうした円資産買いが円高をもたらしている。資産高と円買いによる円高の二重の値上り益を享受できることが、外人にとっては魅力なのだ。

経済は疲弊しているとはいえ、家計部門の貯蓄は潤沢であり、銀行預金も6月、前年比2.8%増加し、銀行は預金を持て余している。海外での稼ぎも昨年は17.1兆円と07年以来の規模となった。貿易収支が拡大したほか所得収支が高水準を維持したからである。5月までの5ヵ月間では、大震災によって貿易収支は大幅に前年を下回っているが、所得収支が拡大傾向にあるため、経常収支は約5兆円の黒字である。このように海外での巨額の稼ぎがある限り円買いドル売りはなくならない。

 今に始まったことではないが、米国は財政と経常収支の双方が赤字であり、ドルの価値を落とす元凶とみなされている。2011年度の財政赤字は1.6兆ドルを超え過去最大となり、2010年の経常赤字は4,708億ドルと前年比943億ドル増加し、今年1-3月期もほぼ前年同期並みの951億ドルの赤字を計上している。4,708億ドルもの米ドルが非居住者に渡り、ドル売りを引き起こしているのだ。最終的には海外に流出したドルは米債などの購入を通して米国に還流することになる。

米ドルは国際通貨として流通しているので、世界経済の成長に伴って、米ドル需要も拡大していく。米国の適度な経常赤字は世界経済にとっては必要なのである。

巨額の米財政赤字のファイナンスを海外に依存している割合は高いが、米国内でも貯蓄率が上昇しており、しかも銀行の貸出が前年割れの状態では、国内部門の証券購入額は必然的に増加する。2005年には1.4%まで低下していた貯蓄率は住宅バブルの破裂により2009年には5.9%まで上昇した。2010年は5.7%に低下したが、貯蓄額は6,539億ドルと2005年(1,277億ドル)の5倍以上に増加しており、これが銀行預金となり、証券購入資金となっているのである。

 6月の米商業銀行の貸出は前年比2.0%減と3ヵ月連続のマイナスだが、預金は6.4%と6ヵ月連続で伸び率は高くなっている。貸出が不振なのは、不動産向けが前年比5.2%減と引き続き大幅なマイナスとなっているからだ。FRBが政策金利を引き下げていけば、不動産貸出は底打ちしていたが、今回は異例のゼロ金利をすでに2年8ヵ月も続けているが、底打ちする様子はまったくみえない。ゼロ金利に加えて巨額の買いオペまで動員したが、不良債権の膿を抱えたままでは、金融政策の不動産を回復させる効果は無きに等しかった。

 

 

米商業銀行の総資産に占める貸出比率は今年1月以降6ヵ月連続で低下し、過去最低を更新した。貸出とは対照的に現金は急増し、6月は1.93兆ドルと昨年11月に比較すると0.89兆ドルも増加した。この現金は銀行に眠っているかというと、そうではなくFRBに預金として積まれているのだ。7月13日時点のFRBの負債に計上されている預金は1.68兆ドル、1年前に比べて0.61兆ドルの増加だ。FRBはこれなどを元手に財務省証券を1.63兆ドルも購入している。米商業銀行が保有するMBS等も6月、1.66兆ドル、前年比10.9%と金融危機最中の08年11月以降、2桁増を続けている。

 

貸出の前年割れが続き、銀行が現金保有に走ることは、正常な経済状態ではないことを示している。株価は高い水準にあるが、信用問題が再燃するかもしれず、危ない道を進んでいるのかもしれない。そうした米国経済の表面にはあらわれない得体の知れない不気味さが為替相場にも影響しているように思う。 

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