週末、米国債利回りは2.0%を下回った。3ヵ月前と比べると1%超の低下だ。8月初めに米国債は格下げされたが、米国債の魅力は増し、利回りは急低下している。金融危機のさ中の08年12月末に2.06%まで低下したが、今回はそれを下回り、1941年以来70年ぶりの歴史的低水準を示現した。2%台でも十分低いのだが、それでも流動性を手放し、米債を入手させる原動力になっているのはなにか。
時間を少し遡ってみよう。7月末に4-6月期の米GDPが公表されたが、実質前期比0.3%と低く、しかも1-3月期が下方修正され、今年に入ってからの米国経済は、回復はしているものの足取りは極めて重いことが確認された。4-6月期の実質GDP改定値は前期比0.2%に下方修正され、ほとんど横ばい状態である。8月初めには、7月のISM製造業景況指数の大幅悪化、さらに7月の雇用統計が期待はずれに終わり、FOMC(8月9日開催)で2013年半ばまで今の政策金利を据え置くことを表明したことが、米債買いに一層の安心感を与えた。FRBが最低2年間ゼロ金利を保証したことで米債の魅力とドル安を持続させ、海外からの米債購入を促している。
週末発表の米雇用統計によると、8月の非農業部門雇用者は前月比横ばいとなり、米国経済の停滞が裏付けられ、米債利回りは前日比0.15%の大幅となり、1.99%に低下した。民間部門雇用者は1.7万人増加したが、政府部門が1.7万人減少し、前月比増加数はゼロとなった。民間部門は前月の15.6万人増から大幅に鈍化し、政府部門は10ヵ月連続減と減少に歯止めはかからず、雇用を増やしている部門は少ない。雇用の伸びが止まったことに加え、労働時間や賃金が前月比マイナスとなり、消費需要の悪化を予想させた。
4-6月期の名目GDPは前年比3.7%と国債利回りよりも高い。ただ、伸び率は3四半期連続で低下しており、7-9月期が減少することになれば、今の利回りも不当に低いとはいえなくなる。
FRBは6月末で6,000億ドルの国債買取を終了したが、今年第2四半期までのGDPの低い伸びをみると国債買取の経済的効果は見るべきものがなく、株式や商品といった投機市場が元気づいただけであった。国債買いオペによってマネーが市中に流れたかというと、そうではなく、市中に出回っているマネーは8月末、1.03兆ドルと昨年10月末比727億ドルの増加にとどまっている。買いオペで貸出が増加したのではなく、準備預金が増加し、金融機関は必要額の19倍もの過剰準備をFRBに積み上げている。FRBに流入した準備預金は国債購入の資金として使われた。家計の預金は金融機関とFRBにより吸い上げられ、国債購入の原資になっているのだ。
不動産関連の不良資産の処理がはなはだ心もとない状態では、不動産需要は戻ってこず、不動産部門は冷え込んだままである。住宅資産価値は大幅に下落している一方、住宅ローンの負担は変わらないことが、個人消費をいつまでも圧迫している。消費が回復しなければ設備投資も更新程度にとどまり、資金需要は増加しない。
米商業銀行の貸出は7月、前年比1.1%減と4ヵ月連続のマイナスである。いくら買いオペで資金供給しても、需要がなければ、国債に向かわざるを得ないのだ。超低金利だが、資金需要はプラスにならず、投機業者だけが低コストを利用し、日々の利鞘稼ぎに活発な取引を行っているのである。
経済が後退に陥りかねないことになれば、企業収益に不安が広がり、株式が売られるのは当然である。それもダウが、米国経済が巨額の不良資産を抱えていながら、1万3,000ドル近くまで上昇していたのだから、急落は避けられなかった。株式は収益という裏づけがなければ買われないが、商品はそうした要因は不必要であり、「信用」と「投機的確信」によってのみ支えられている。だから、米国のゼロ金利の長期化とドル安によって、商品市況は底堅いのだ。CRBは3ヵ月前と比較すると2.8%の低下にとどまっている。WTIは13.9%下落した半面、金は22.5%も上昇した。金を安全資産などとよく解説しているが、そのような話に乗っかるととんでもない痛い目に遭うことは必至だ。上昇する確たる要因などまったくなく、買いが買いを呼ぶ投機相場のまさに渦中にあるといってよい。そうした上昇の「惰性」も永久に続くわけではなく、早晩、激しい反動減に見舞われるだろう。
米国債利回りがここまで低下したのは、資金需要が弱く、FRBが国債買いオペに資金を振り向けざるを得ず、さらに、FRBの買いオペ等の金融政策では経済を刺激することができず、再び、買いオペを導入しても、不良資産で痛んだ米国経済を回復軌道に乗せることは難しいからである。
量的緩和などといって、あたかも市中にマネーが放出されるがごとき印象を与えるが、そのような事態はどこにもみえない。FRBが金融機関から国債を買い取り、資金供給しても需要がないので、準備預金が増加するだけである。もし資金が一旦市中に流れても、資金がスムーズに流れるように整備されていないので、信用創造機能は十分に発揮できない。根本的に米国経済を立て直すには不良資産をなくし、資金需要がでてくるような健全な経済を構築することに尽きる。小手先の効きもしない買いオペを何度繰り返しても米国経済は立ち直ることはできない。公的企業等に飛ばしている不良資産に大鉈を振るって処理しなければ、財政出動したとしても、一時的な浮上にとどまり、すぐに元の木阿弥になる。不良資産の清算ができるかどうかに米国経済の浮沈はかかっているのである。