米中通商交渉が、株式参加者にとっては当面の関心事となっている。交渉が良い方向に進めば株価は上がり、そうでなければ株価は下がる。通商交渉がうまくいけば、経済の最大の阻害要因が取り除かれることで、企業収益にも期待が持てるからだ。だが、米中貿易問題はトランプ大統領の胸先三寸で決まることから、行方はまったく読めない。まさに賭けなのである。そもそも、米株式は賭博の色彩が濃いいが、現況はそれに拍車をかけている。
大統領選を有利に展開するために、トランプ大統領はあらゆる手段を動員しているのだ。なかでも、株式には米国経済のシンボルとして最大の注意を払っている。大統領選の浮沈を握っているからだ。
トランプ大統領が自身で蒔いた貿易戦争という不況の種を我関せずと嘯き、FRBに尻拭いさせている。9月18日に0.25%下げ、1.75%~2.00%としたが、10月29日~30日のFOMCでも0.25%下げ、1.50%~1.75%とするだろう。株式のような金融経済は利下げによって活況になるかもしれないが、貿易の縮小を止めることはできない。金利ではなく、貿易障壁を低くすることによって貿易を拡大させることができるのだ。
世界経済が減速している状況下では設備投資需要は抑制され、それが消費財部門にも波及することになる。最終需要の減速は世界貿易の停滞を引き起こすだろう。先行きがどうなるかが、需要の大きな部分に影響するが、トランプ大統領が仕掛けた米中貿易戦争が先行きを暗くしている。これは利下げではどうにもならない。
利下げ期待などによって、米株式は過去最高値近くにとどまっているけれども、実体経済が本格的に悪くなれば、そうした金融政策は通用しない。トランプ大統領がいくら株式を囃し、煽てても、企業収益が落ち込めば釣瓶落としになることは避けられない。株価が高ければ高いほど、落ち込みも大きくなるのは歴史が証明している。トランプバブルが弾けるのはそれほど先のことではない。
米国の物価をみると、需要が弱くなっていることが窺える。米国経済の体温は低下しつつあるのだ。9月の米PPIは前月比-0.3%と3ヵ月ぶりのマイナスとなり、前年比では1.4%と2年10ヵ月ぶりの低い伸びだ。昨年7月には前年比3.4%も伸びていたが、大幅に鈍化してきた。最終需要財に限れば、前年比-0.5%と2ヵ月連続のマイナスとなり、マイナス幅は2016年8月以来の大きさである。また、製造業については前年比-1.3%と4ヵ月連続のマイナスとなり、昨年7月の6.0%から急速に低下している。
9月の米CPIは前月比横ばいと2ヵ月連続で伸びは低下し、コアも0.1%と落ち着いている。PPIは前月比マイナスになっているが、いずれこうしたPPIの下落がCPIにも影響してこよう。
9月のISM製造業は47.8と約10年ぶりの低水準となり、非製造業も52.6と50.0を上回っているが、前月から3.8ポイントも低下した。特に、新規受注は53.7と前月比6.6ポイントも低下している。製造業、非製造業ともに雇用指数が悪化しており、雇用の先行きも楽観できない。
9月の非農業部門雇用者数は前月比13.6万人増にとどまり、製造業は2,000人減となった。賃金は前年比2.9%と昨年8月以来の低い伸びとなり、今年2月の3.4%をピークに低下、雇用の需給が緩んできているようだ。
米中貿易戦争のため、8月の財の輸出は前年比-1.2%と今年3月以降6ヵ月連続の前年割れだ。輸入も2.9%減と2ヵ月ぶりにマイナスとなり、米中貿易戦争が米国の貿易を縮小に追い込んでいる。
トランプ大統領が仕掛けた米中貿易戦争がじわじわと米国経済を蝕んできている。FRBの尻を叩き、1.75%の政策金利引き下げなどで凌いでいる。米株高が維持できれば、そのことがドルを支え、米国経済を前進させるけれども、いつまでも株価を維持することはできない。一旦、株式が大きく下落すると、米国経済は悪いのだという見方が広がり、さらに雇用不安などが募り、消費意欲は低下することになる。こうした心理的な影響が経済を不況に追いやるのだ。だから、トランプ大統領は必至で株式を維持しようとFRBを突いている。
日本経済は米国よりもだいぶ悪い。8月の景気先行指数は前年比-8.0%と2018年6月以降1年2ヵ月もマイナスが続いている。しかも、マイナス幅は2009年8月以来10年ぶりなのだ。これほど先行指数が落ち込めば、株式が急落しておかしくないのだが、値を保っているのはマイナス金利、米株高、日銀と公的年金の株買いなど異常な政策によるものだ。
2014年4月に消費税率が5%から8%に引き上げられたとき、先行指数は前年を下回り、一致指数はまだプラスだった。先行指数と一致指数の伸び率のそれぞれのピークは2013年11月、2014年1月であった。今回は一致指数も昨年11月から10ヵ月連続のマイナスと前回に引き上げ時と景気は大いに違う。
前回の引き上げ前のような駆け込み需要は見られなかったが、それでも自動車等の耐久消費財はそれなりの需要が発生しており、『家計調査』によれば、8月の耐久財は15.5%も増加している。10月以降は反動減を覚悟しておく必要がある。
『短観』によると、9月の大企業製造業の業況判断は5と3期連続で悪化した。2014年3月調査では17と引き上げ直前まで改善していた。8月の鉱工業生産指数と機械受注は前年比-4.7%、-14.5%それぞれマイナスとなり、消費税率引き上げ前から相当悪化している。引き上げ後、少なからず反動減が表れれば、生産や消費はさらに冷え込むだろう。
『商業動態統計』によれば、8月の卸売業販売額は前年比4.6%も減少した。昨年12月以降9ヵ月連続のマイナスで、しかもマイナス幅は8月が最大である。卸売業の販売低迷により、9月の国内企業物価指数は前年比-1.1%と6月以降4ヵ月連続の前年割れだ。
米中貿易戦争のとばっちりを食い経済が低迷しているところへ消費税率が引き上げられた。2017年11月をピークに景気先行指数は低下し続けており、今年8月までの下落率は10.9%に達している。日本経済は後退局面に入っている。
セブンイレブンが店舗の閉鎖・移転を発表したが、人口減と少子高齢化がコンビニ経営も揺るがしている。個人消費はずるずると後退するだろう。消費は量的拡大ではなく、中身の充実しかないのではないか。自転車操業のようなもの作りは止めるべきだ。消費と生産を根本から見直さなければならない。
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