10月3日、パウエルFRB議長が米国経済は「際立って好調」と述べたことから、米10年債利回りは前日比12ベイシスポイント(bp)も上昇した。週末には3.22%と一段上昇、週末値では2011年4月以来7年半ぶりの高い水準だ。米債券関係者もやっと米国経済の実態に目を向けるようになった。それでも実体経済の速度に比べれば債券利回りは依然低く、本当に目をよく開けて米国経済を直視するならば、上昇は持続してしかるべきではないか。4-6月期の米名目GDPは前年比5.4%と2006年7-9月期以来、約12年ぶりの高い伸びとなり、債券利回りとの格差は2.18%と大きいからだ。債券利回りが大幅に経済成長率を下回っているのは、FRBが政策金利を小幅な上昇にとどめ、低い水準に抑えているからである。しかし、FRBの経済実態にそぐわぬ低金利政策も、一旦、債券利回りの上昇に火が付けば、上昇に歯止めを掛けることはできない。
米債券利回りの上昇に連れて、主要国の国債利回りも上昇している。だが、独債は0.57%、日本は0.15%と米国との格差は拡大するばかりである。米債と独債との利回り格差は昨年末、200bpだったが、先週末265bpに拡大している。こうした、米独債利回り格差の拡大がドル高ユーロ安を招いている。同じユーロ圏でありながら財政問題を抱えるイタリアは3.42%とドイツとの格差は大きく、EUを離脱するイギリスも1.72%と上昇傾向を強めている。イタリアはギリシャ国債利回り(4.45%)との乖離幅を狭めており、財政問題を曖昧にしておくことができなくなってきている。
国債利回りの上昇は資金調達コストを引き上げ、設備投資意欲を冷やすことになり経済成長を鈍化させる。ただ、今のように、経済成長率と国債利回りの格差が米国のように大きければ、景気にマイナスにはならないだろう。むしろ、利回りの上昇は経済成長の速度を緩め、景気拡大を長期化させるように作用するのではないか。
米債券利回りの急速な上昇に、株式も傍観しているわけにはいかなくなった。過去最高値を更新したNYダウは2日で381ドル下落した。ゼロ金利政策が債券利回りを引き下げ、それによって株式の価値を急速に引き上げた。過去5年間のNYダウの上昇率は74%、ナスダックにいたっては2倍強に値上がりしている。同じ期間、名目GDPは22.7%増加しているにすぎず、いかに米株式が実体経済などを顧みずに舞い上がっていったかが明らかである。
だが、米債利回りが3%を超えてくれば、今までのような盲目的なスタンスでは対応できないだろう。株式のリスクを加味すれば、S&P500の配当利回りが1.8%程度では安易に株式を購入することはできない。先行きの経済がどうなるかに依存するけれども、今の経済状態では米債利回りは4%に向かっていくだろう。そうすれば、ますます株式の魅力は薄れていくことになる。このような考えが株式関係者に広まるだけで、株式に対する売り圧力は強くなるはずだ。
日本株の配当利回りは1.7%(東証1部)であり、国債利回りよりも高く、限りなくゼロに近い預金金利に比べればさらに有利である。これほどの格差があることが、日本株を強気にしている要因のひとつなのだ。
日本の過去5年間の名目GDP成長率は年率2.0%である。名目経済成長率2%に対して国債利回りは0.15%と離れすぎている。これでも資金は実体経済になかなか流れていかない。8月の都銀の貸出は前年比0.7%と低いが、不思議なことに、地銀は4.5%も伸びている。地方経済は都市部よりも元気がないのだが、貸出の伸びは6倍以上地銀が都銀を上回っているのだ。実体経済が2%しか伸びていない経済環境下で4.5%も貸出が伸びるのはなにか「スルガ」のようなからくりが仕組まれているからなのだろうか。
米債利回りの上昇はドルを強くし、米国は輸出減・輸入増に見舞われ、トランプ大統領の目指す赤字削減ではなく赤字拡大に向かうことになる。9月のドル実効相場は前年よりも6.9%強くなっている。8月の米財輸入は前年比11.1%と伸びが拡大している一方、輸出は7.9%とやや鈍化し、財の赤字額は767億ドルと今年2月以来の規模となった。今年1月~8月までの赤字額は5,738億ドル、前年比8.4%増である。ドル高は米国の貿易赤字を拡大させるだけでなく、世界のドル建て債務を大きくしてしまう。特に、新興国では膨らんだドル債務の返済が難しくなる国が出てくるかもしれない。
新興国のドル債務の問題を孕んでいるものの、米国にとってドル高は歓迎すべきだ。9月の失業率は前月比0.2ポイント低い3.7%と1969年12月(3.5%)以来の歴史的低水準にある。学卒者などは2.0%と完全雇用が実現されている。しかも消費者物価は2.7%と1969年12月(6.2%)に比べれば3.5ポイントも低い。コアでは今年8月の2.2%に対して1969年12月は6.2%と高く、米国経済の現状は稀に見る良好な状態にあるといえる。
物価と雇用が両立しているのは、賃金の伸びが名目経済成長率を大幅に下回る水準に抑えられているからだ。9月の賃金も前年比2.8%と前月から0.1ポイント低下した。賃金の伸びが低いことに加えて、4-6月期の米名目GDPは前年比5.4%も伸びているけれども、2008年から2017年まで9年間は年率3.2%と1999年から2008年まで9年間の4.8%に比べれば大きく伸びはダウンしており、この低成長が物価安定に寄与しているとみている。
経済の緩やかな回復と成長鈍化によって、人や物の需要と供給が逼迫することなく均斉的に徐々に拡大していったのだ。こうした均斉的な成長が可能になったのは、政府支出の抑制によるところが大きいのだと思う。2008年から2017年までの名目GDPは32.4%伸びたが、政府支出は13.2%しか増加していない。GDPに占める政府支出の比率は2017年、17.3%と1960年代以降では最低であり、個人消費支出・GDP比率は68.4%と2011年に次ぐ高さである。ちなみに1969年の政府支出・GDP比率は23.5%、個人消費支出・GDP比率は59.3%であった。個人消費支出中心の経済への移行が雇用の拡大と物価安定に関係しているようだ。