安倍政権は法案を強行に成立させようとしている。力ずくの政治が横行しており、民主政治は名前だけのものになってしまった。安倍政権は中国やロシアの政治に近づきつつあるといえる。次期米大統領のトランプ氏も力を全面にだすことにおいては同類であり、世界の政治は話し合いよりも力に重心が置かれることになりそうだ。徐々に固まる主要人事をみても米国の政治は波乱をまき起こしそうである。そして、力と力がぶつかり合えば、凄まじい破壊が起こることになる。そこまで至らないとしても、世界がぎすぎすした状態に陥るだろう。政治がうまくいかなくなれば、経済はたちどころにその影響を受けることになる。
そのような政治の不安などに目もくれず、目先のことだけに注目しているのが株式や為替市場への参加者なのである。株式にとって良いところだけをだれよりも早く掴み取るのが勝つ秘訣だ。みんなが美人だと思う人を素早く見つけだすことでもある。材料が株式市場に行き渡ってしまうと相場はおしまいになる。
トランプ氏を材料に株式や為替は大いに反応してきたけれども、大方、トランプ材料は出尽くしたのではないだろうか。強引な政治姿勢から予想外の材料が飛び出すかもしれないが、力で押し切るような政治的手腕では、米国経済がより強くなることはないと思う。
ビジネスのやり方を政治に応用することは、強いものがますます強くなり、強くなった者がのさばる社会になるだろう。米国社会は富める者と貧しき者への分断が促進され、社会の安定性は失われる。家計への分配率の低下は消費マインドの悪化に繋がり、米国経済は停滞を強めるだろう。
11月の米失業率は4.6%と2007年8月以来、9年3ヵ月ぶりの低い水準だ。2006年、2007年に付けた4.4%を下回れば、ITバブル期の2000年4月の3.8%が目標ということになる。だが、4.6%はすでに十分に低い水準であり、完全雇用に近いといってもよい。20歳以上の男性、女性は4.3%、4.2%であり、学歴別では25歳以上の高学歴者の失業者は2.3%まで低下している。
これだけ失業率が低下しているにもかかわらず、経済活動は鈍いのである。今年7-9月期の実質GDPは前年比1.5%であり、今年11月と同じ失業率の2007年7-9月期は2.3%であった。小売売上高や鉱工業生産の前年比伸び率を比較しても今の伸びは低い。消費者物価指数(食品・エネルギーを除く)の前年比伸び率はほぼ同じである。しかし、2007年8月のFFレート5.25%に対して今は0.25%であり、10年債利回りは4.6%に対して今は2.3%である。
失業率が4.6%で失業者は740万人いる。11月と同じ労働力人口で失業率が4.0%に低下するならば、約100万人が雇用されることになる。だが、2009年12月を底に、今年11月までに雇用者は1,407万人も拡大しているのだ。さらに100万人増加したからといって、米国経済の足取りの重さを改善することにはならないだろう。政策金利が引き上げられれば、雇用の改善を打ち消すことにもなる。
なぜ、失業率が改善し、雇用が創出されているにもかかわらず、米国経済は伸び悩んでいるのだろうか。最大の要因は個人消費が振るわないからである。2015年の2005年比の10年間の実質個人消費支出は17.7%増にとどまり、それ以前の10年間の伸びに比べると、半分以下に低下していることがわかる。
2015年までの10年間の個人消費支出の低い伸びの理由は、国民所得に占める賃金・俸給の分配が少なくなっているからである。2015年の国民所得に占める賃金・俸給の割合は43.0%である。2010から2014年までの4年間は42%台であった。1950年代から第1次石油危機までの賃金・俸給の割合は50%前後で推移していたが、その後比率は低下しており、下げ止ったとはいえない。一方、民間企業の分け前は1991年、1992年の20.9%を底に上昇しており、2014年には25.4%と1965年以来49年ぶりの高い比率となった。2015年は25.0%とやや低下したが、4年連続の25%超である。こうした分配率の変化が、失業率が低下しているにもかかわらず個人消費支出が低い伸びから抜け出せない要因だと考えられる。
トランプ氏の経済政策は労働分配率をさらに引き下げ、米国経済の成長力を低下させるだろう。GDPの約7割を占める個人消費支出が拡大しなければ、米国経済は成長しない。個人消費支出が伸びなければ民間設備投資も期待できず、GDPを一層悪化させることになる。輸入には関税を掛け、輸入品の価格は高くなり、需要は減少するだろう。FRBが政策金利の上昇を持続的に実施するならば、耐久消費財や住宅は打撃を被ることになる。1年後の米国経済は相当厄介な問題が持ち上がっているように思う。