米債券利回りの頭打ちと円安の逆転

投稿者 曽我純, 5月16日 午前8:34, 2022年

円安ドル高が進みすぎたのか、ユーロを始めポンドやスイスフランの下落が目立つようになってきた。米10年債利回りも3%を超えたことで2%台に戻っている。だが、米株式は引き続き売られ、NYダウは7週連続安である。ウクライナの影響が強い欧州の株式が米株式よりも下げ幅は小さい。大陸から離れている英国のFTSE100は昨年末を上回っている。このまま米株の下げが止まらず、急落の事態となれば、その影響は各国の株式だけでなく、経済にも打撃を与えることは間違いない。そのとき、FRBはいかに対応するのだろうか。

先週の11日、4月の米CPIが発表された。それによれば、総合指数は前月比0.3%と前月よりも0.9ポイント、前年比では8.3%と0.2ポイントそれぞれ低下し、食品・エネルギーを除くコア指数は前月比0.6%と前月よりも0.3ポイント上昇したが、前年比では0.3ポイント低下の6.2%となった。米CPIはガソリンのウエイトが高く(100分の4.59)、それだけでCPIを2ポイント引き上げている。CPIの上昇要因である新車は前年比13.2%と前月よりも0.7ポイント上昇した半面、中古車は前年比22.7%と前月比12.6ポイント低下し、それぞれの寄与度は0.53、0.92となった。中古車の価格急騰によって、購入意欲は減退しつつあり、今後、前年比伸び率は鈍化していくだろう。寄与度の高い自動車関連物価の低下によって、米CPIは年央にはピークアウトし、落ち着いていくはずだ。

CPI公表前日に、米10年債利回りは3%を下回り、公表当日はさらに低下した。3%は米10年債利回りの大きな節目なのだ。2011年8月以降、米10年債利回り(月末値)が3%を超えたのは3回に過ぎない(2013年12月(3.03%)、2018年9月(3.06%)2018年10月(3.14%)。これほど3%の壁は厚いのである。FRBのゼロ金利など超金融緩和策が利回りの低下を促したことは言うまでもない。

金融政策に加えて、債券利回りを左右するのは経済成長率である。米経済成長率は長期的に低下してきている。ただ、2021年までの10年間の名目経済成長率(年率)は4.0%と2011年までの10年間と同じであった。実質では2021年までの10年間は2.1%とその前の10年間を0.3ポイント上回っている。だが、1960年代の実質4.3%をピークに多少の成長変動はあったけれども、経済成長の基調は緩やかに低下していると捉えるべきである。

3月のFOMCの経済予測によれば、長期の実質GDP成長率は1.8%~2.0%としている。過去10年間の成長率と同じような伸びを想定しており、2024年には達成できるそうだ。2021年の実質成長率は5.7%の高い伸びであったが、2020年が3.4%減少したからであり、2022年以降減速することは間違いない。

2023年の米実質経済成長率は2%程度へと落ち着く可能性が高い。そのような経路を辿れば、2023年のCPIの伸びは大幅に鈍化することになるだろう。過去の米10年債利回りの推移から予測するならば、今後、10年債利回りが3%を大幅に超えることは考えにくい。余程のことがない限り、10年債利回りは現状の水準からの一段の上昇はないのだ。

米国経済の成長率が長期的に低下しているときには、今までがそうであったように、10年債利回りは名目成長率よりも低く、実質成長率の水準の近くで推移するだろう。経済成長率が低下する過程では物価上昇率は低下し、それに従って、債券購入は拡大し、債券価格のさらなる上昇が期待される。そうした低成長と低物価が相俟って債券利回りは名目成長率以下の水準にとどまるのである。

FRBは長期実質GDPの伸びを1.8%~2.0%と予測しているが、これは過去20年間の伸びとほぼ同じである。向こう10年間の経済成長率が過去20年と同じ成長を続けることができるだろうか。普通に考えれば、1960年代をピークとする成長率低下傾向を上方にシフトさせることはできないはずである。1990年代からITが現れたが、成長トレンドを変えることはできなかった。今もITは進化しつつあるけれども、成長の起爆剤にはなっていない。

ITは重厚長大型のような大規模な設備投資を引き起こすことはなく、設備投資主導の高成長には向いていないのだ。ITは製造からトレーディングさらにゲームなどさまざまな分野で活用されているが、遊びの要素が強いからここまで普及したのだろう。人間関係から資金決済までスマホひとつでなんでもできるのだが、デジタルの世界ではウイルス、誹謗、中傷、詐欺などが起こりやすく、そうした問題に対処するための時間と費用を勘案すれば、ITはどれほどの利益を社会にもたらしているのだろうか。

ITによって米国経済をこれまでよりも高い成長軌道に乗せることは叶わず、長期期待成長率の低下は不可避である。向こう10年間の実質成長率は1.0%台に低下するのではないだろうか。そうであれば、10年債利回りも2%未満の水準が妥当と言える。一時的に3%台に乗せたが、行き過ぎであり、年末に向かって2%前後に低下するのではないだろうか。

「物価安定こそ経済の根幹」だとFRBのパウエル議長は12日のインタビューに答えたように、FRBは物価に縛られ、FFレートは大幅に引き上げられるだろう。年末に、FFレートは3%前後に上昇するが、その時、10年債利回りがFFレートを下回る逆イールドになっているはずだ。

パウエル議長は「物価安定こそ経済の根幹」と言うが、本音は「米国経済の根幹は株式」なのだ。米株式と債券価格の下落によって、米国経済はダメージを受けているが、FRBは今のところ無関心を装っている。だが、株式の下落が止まらなければ、早晩、FRBの利上げ姿勢に対する批判が噴出するだろう。物価高と株式下落のときにFRBはどちらを優先する金融政策を採るのだろうか。物価高よりも株式急落に金融政策の軸足を移すはずだ。株式崩壊の懸念が生ずれば、中間選挙を控えたバイデン大統領も黙ってはいない。株式を救済するための措置をFRBに要求するだろう。

先の先を読みながら相場は作られる。また、市場は予測の渦巻いている世界であり、一歩先んじて美人を見つけた投機家だけが潤うのである。実体経済も大事だが、みんなが乗るシナリオを描くことができる投機家が勝つのである。

円ドル相場は130円を一時突破したが、ここからさらに円安に振れるには、米10年債利回りが4%に向かうシナリオが必要ではないか。だが、すでに指摘したように、米10年債利回りは頭打ちであり、長期の期待成長率に基づくならば、現状はすでに高すぎるのである。今までの円売りドル買いでドルの流動性を十分に確保しており、流動性を手放す準備を整えている投機家は多いはずだ。急速に進行した円安ドル高は反転の時期を探っているように思える。

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曽我 純

そが じゅん
1949年、岡山県生まれ。
国学院大学大学院経済学研究科博士課程終了。
87年以降証券会社で経済・企業調査に従事。
「30年代の米資産減価と経済の長期停滞」、「景気に反応しない日本株」(『人間の経済』掲載)など多数