株式は膠着状態にある。NYダウは10月7日から13営業日連続28,000ドル台、日経平均は8月31日以降23,000円台で推移している。バイデン優勢が強まるにつれて、株式の動きは鈍くなり、商いも少なくなってきた。4年ぶりに米国の政治が変わろうとしているけれども、そうした変化を株式関係者は必ずしも歓迎していない。トランプ大統領の株式至上主義が米株を実体経済から相当掛け離れた水準に引き上げているからだ。その後ろ盾がいなくなれば、米株式は一気に倒れてしまうかもしれない。
FRBによれば、今年6月末の米株式価額は51.95兆ドル、3月末から9.12兆ドル増加した。9月末では56.35兆ドルへとさらに株式価額は増加していると推計され、株式保有者の資産は膨れている。ただし、株式の恩恵を受けている人は限られており、株価が上昇し、手持ち資産が増えたからといって、個人消費が増えるわけではない。資産格差は所得格差以上に大きく、富裕者は株式資産が増加しても消費を増やすなどという行動は取らない。
株式の動きは緩慢になってきている一方、米債の利回りは23日、0.84%、1カ月前に比べれば17ベイシスポイント(bp)の上昇だ。今年8月4日には過去最低の0.5%まで下がっていたので、これと比較すると34bp上昇している。FRBは昨年7月、FFレートを2.25%から2.00%に引き下げ、9月、10月にもそれぞれ0.25%下げ、1.50%としていたが、新型コロナにより、3月には3日の50bpに続き、15日には100bp引き下げ、4年4カ月ぶりにゼロとした。
2018年11月には3.0%超に上昇していた米債利回りは、利下げが実施される前から低下していたが、こうしたFRBのゼロ金利、さらにゼロ金利の長期化を示唆することにより、過去最低を更新していった。
だが、8月以降は緩やかに反転しており、これからも米債利回りは上昇していくだろう。FRBはトランプ大統領から再三利下げを突きつけられ、金融政策は大統領の支配下にあったと言える。今度の大統領選でバイデン氏が勝利すれば、FRBの自由度は高まるだろう。少なくともトランプ大統領のようにFRBに執拗に利下げを迫ることはなく、FRBの考えは尊重されるはずだ。また、民主党政権になれば、新型コロナ経済対策の規模は拡大することになり、財政の面からも景気を支援し、利回りの上昇を誘うだろう。
米債利回りの上昇は実体経済に沿ったものでなければならない。実体経済の期待収益率が4%で債券利回りが1%であれば、債券発行による資金調達が旺盛になり、期待収益率が4%になるまで利回りは上昇するだろう。だが、過去の経済を眺めるとそのような資金調達や利回りの上昇は起きていない。期待収益率と利回りは近づくことなく、乖離したままなのである。
実物経済に資金が流入するのではなく、金融経済に向かっているのだ。S&P500の配当利回りは約1.7%とゼロ金利で資金調達できれば、1.7%の利鞘を獲得できる。株価の変動を考慮すればリスクプレミアムということになるけれども、余裕資金を抱えている富裕層にとっては、十分にリスクテイクできる利鞘なのだ。
実物経済の期待収益率は4%と高いが、経営者は先行きの不透明感などからリスクが大きすぎると判断しているのかもしれない。そして、実物経済に一旦投資すると、容易に引き上げるわけにはいかない。数年後に本当に成果として結実するかどうかは賭けと同じなのである。その点、株式は流動性が高いので、投資しても、たいていいつでも回収できる。こうした安心感が株式に資金を引き付けている。
債券利回りが実物経済の期待収益率を下回り、超低水準を維持している要因のひとつに、FRBの巨額な債券購入を挙げることができる。FRBが100bpの緊急利下げを実施する前の3月11日のFRBバランスシートによれば、総資産は4.31兆ドル(その内訳は財務省証券2.52兆ドル、住宅抵当証券1.37兆ドルなど)である。直近の10月21日のバランスシートは総資産が7.17兆ドル、3月11日から2.86兆ドルの増加だ。財務省証券と住宅抵当証券は4.50兆ドル、2.04兆ドルへそれぞれ買い増しされているが、これらはいずれも買い切りなのだ。約7カ月間で財務省証券を約2兆ドル、月当たり、3,000億ドル弱を購入している。その購入資金は金融機関がFRBに債券を売却して得た現金をFRBに預けたお金である。
今年6月末の財務省証券残高は22.37兆ドル、FRBは総額の約2割を保有していることになる。海外保有を除けば、国内ではFRBが財務省証券の最大の保有者であり、毎月、3,000億ドル近く購入すれば、利回りは低下するだろう。だが、こうした債券の巨額購入はいつまでも続けられるわけではない。市場の規律が緩んでしまい、正常な価格形成ができなくなってしまう。資本主義を標榜する米国がいつまでも市場介入するわけにはいかないはずだ。
トランプ大統領が落選すれば、箍が外れ、FRBはこれを契機にこの異常な債券購入を見直すかもしれない。FRBが徐々に債券購入額を減らしていくだけで、債券相場にはかなりのインパクト与えるだろう。すでに先を見込んだ動きをみせているが、来年には2%~3%への上昇もあり得ないことではない。このようなシナリオを織り込む動きになれば、事は、債券相場だけでなく、その影響は株式や為替相場などにも及ぶだろう。
米債利回りの上昇は、世界の債券相場にまず影響し、世界的な利回りの上昇が起こるだろう。先行き利回りが上昇すると仮定すると流動性の確保に努めるはずだ。債券を一旦手放し現金保有比率を高めるほか、株式などを売却し、流動性重視の姿勢に転じ、株式の魅力は薄れる。機関投資家たちはポートフォリオの入れ替え等投資戦略の練り直しを強いられることになる。
利回りの上昇の最大の痛手を被るのはFRBや日銀だ。今年6月末、日銀の国債保有額は521兆円、保有比率は44.5%である(10月20日現在での保有額は531兆円なので保有比率は幾分上昇)。日銀保有の10年債利回りが0%から1%、FRB保有の同債券が1%から2%に上がれば、値下がりによる損失額はそれぞれ10%程度(すべて10年債と仮定)となり、FRBと日銀で計約100兆円が吹き飛ぶことになる。バランスシートは著しく毀損し、FRBや日銀に預けた金融機関の資金などが焦げ付くことになる。いつまでも債券を買い続けることもできず、さりとて債券購入額の縮小や停止となれば、自らの首を絞めるというジレンマに陥っている。