生産のピークアウトと在庫急増で株式割高

投稿者 曽我純, 6月24日 午後4:55, 2012年

5月の貿易統計は、欧州とアジアの景気は引き続き良くないことを示している。欧州への輸出(金額)は前年比-0.9%と8ヵ月連続のマイナス、対アジアは4.5%と2ヵ月ぶりに前年を上回ったが、このままプラスを維持できるか不透明。輸出総額では前年比10.0%と3ヵ月連続のプラスだが、38.2%も伸びた対米輸出の影響が大きい。対米輸出は2月以降、4ヵ月連続の2桁増ときわめて好調だが、好調な理由は自動車輸出が前年比128.5%も急増し、輸送用機器だけで26.1%も寄与したからだ。

6月のユーロ圏製造業PMI(Markit)は44.8と前月比0.3ポイント減と3年ぶりの低い水準に落ち込み、景気後退はより深刻になっており、4-6月期のユーロ圏GDPは前期比マイナスになるだろう。ユーロ圏経済の悪化はアジアからの輸出を縮小させ、アジア経済の回復を妨げることになる。

EUは金融機関の暴走を止める手立てを整えることができない一方、金融機関への資本注入や財政政策支援措置を提案するという片手落ちな対応に終始している。2008年の金融危機から4年近く経過しているが、いまだに金融機関の不良債権を正確に把握できていない。金融取引税等の導入を打ち出したにもかかわらず、米国もEUも導入にしり込みしている始末。これではいくら資金供給、資本注入しても、次から次へと不良債権は生まれ、金融機関の正常化は達成されないことになる。

 ECBの総資産は2012年第22週、3兆ユーロをはじめて超え、第24週には3.027兆ユーロに膨れた。昨年末の2.73兆ユーロ、1年前の1.91兆ユーロに比べるといかに増大しているかがわかる。バランスシートの毀損や信用不安によって、金融機関への貸出や買いオペを著しく増やしているからだ。ECBの形振り構わぬ資金供給によってユーロ圏の金融機関は命脈を保っているのである。

こうした構造は米国でも同じであり、6月20日時点のFRBの総資産は2.87兆ドルと異常に高い水準を維持している。資産の大半は財務省証券などの証券類であるが、MBS(モーゲージ担保証券)も0.86兆ドル保有している。さらに、米政府系企業は大幅に目減りしている7.41兆ドル(3月末、Flow of Funds  Accounts)もの資産担保証券などを保有しているのである。米政府系企業はMBSなどの焦げ付いた証券類を山ほど抱えており、これをほぐすには10年単位の時間を要するだろう。米国経済は資本主義とは似て非なるものだ。

MBSなどの巨額の焦げ付き証券が、米国経済の回復を妨げているのだ。だから、金融危機以降、雇用は一時的には増加するが、持続せず、すぐに息切れする。そうした小循環の繰り返しで、本格回復への軌道に乗ることができない状態にある。

FRBは回復への自信が持てず、今回、4月時点の経済見通しを下方修正した。2012年の実質GDP(第4四半期の前年比)は1.9%~2.4%(4月は2.4%~2.9%)と予測し、2011年の実質成長率(1.7%)とさほど違わない低成長になるだろう。今年のゲタ(0.9%)を考慮すれば4-6月期以降の伸びは低くなり、向こう3四半期前期比0.5%増で第4四半期に前年比2.0%伸びることになる。

5月の米鉱工業生産指数は前月比-0.1%と2ヵ月ぶりのマイナスとなったが、足を引っ張ったのは自動車・同部品であり、1.5%減少した。自動車・同部品が鉱工業生産をリードしてきたが、いつまでも好調が続くわけではない。

日本の鉱工業生産は米国以上に自動車に依存しており、自動車が失速すれば鉱工業生産が落ち込むことは必至。4月の生産指数は前年比12.9%と前月の伸び率よりも1.3ポイント低下したもののきわめて高い。生産は2桁増と好調だが、在庫も前年比10.6%と1992年2月以来約20年ぶりの2桁増になり、異例の高い伸びである。 

このような生産と在庫の異常に高い増加率は輸送機械工業の動きで説明できる。4月の輸送機械工業の生産は前年比109.6%も伸び、これだけで生産指数を18.5%も引き上げることになるからだ。同じように在庫も輸送機械工業だけで8.5%増加させ、いかに輸送機械の影響力が大きいかがわかる。

エコカー減税・補助金によって、新車販売台数は急増しており、5月も前年比66.3%増だ。輸出もきわめて好調なことから、自動車産業は活況を呈している。だが、政策によって需要を先食いしており、毎度のことだが、急増後は反動減が大きくでる。補助金はすでに残り少なくなり、秋には新車販売は失速することになるだろう。

輸送機械の異常な高い伸びによって、鉱工業生産も稀に見る伸びとなり、今後の生産が危ぶまれる。米国は低成長を余儀なくされ、EUは景気後退に陥るなど世界経済が低迷しているだけに、自律的な景気拡大ができていない日本にとっては、厳しい経済状況に直面するだろう。

すでに鉱工業生産はピークアウトしたが、在庫はまだ増加するだろう。生産の山が高かっただけに、谷は深くなる。今期の企業収益は増益と予想されているが、生産動向から予測すれば、減益になる。東証1部の今期予想株価収益率は12倍に低下しているが、大幅増益を前提にしている。減益になれば20倍を超えることになり、日本株は世界の株価指数に比較しても割高になる。この期におよんでも、楽観的な予測が幅を利かす。そのような予測をすればするほど、株式は適正価値を見出すことが出来なくなり、証券界は自滅していくことになるのだが。

競争力があるといわれている自動車や半導体が政府支援を受けて販売を伸ばし、資金を頼る。これまで産業界は何度もこうした政府介入を受け入れてきたが、それによって日本企業が強化されたとはいえない。実態はまったく逆であり、企業の内部崩壊、弱体化は進むばかりである。大きくて目立つところが政府とぐるになり、税金で甘い汁を吸っただけである(最たる企業は東電)。本当に行き詰まるならば、知恵を出し、生き延びる方法を考え出すしかない。そうした苦しみの中から永続させる知恵を生み出す作業を、政府の介入は摘み取ってしまう。お上にすがり頼る姿勢を断たなければ、日本企業はいつまでも赤ん坊のままだ。 

PDFファイル
120625_.pdf (402.89 KB)
Author(s)