現実離れしたセントラルバンカー

投稿者 曽我純, 12月13日 午後8:06, 2015年

週間で円は対ドルに対して2円34銭の大幅円高となり、11月2日以来の円高ドル安になった。原油安が止まらず、WTIは1バレル=35ドル台と2008年12月以来、約7年ぶりの安値を付けたことから、世界経済の不安が増幅し、米株が売られ、円買いが進行した。12月4日のOPEC総会では生産目標を棚上げし、目標を上回る生産を続けることになったことが原油売りに拍車を掛け、WTIは前週比10.9%も暴落した。

金融危機前の2008年7月、WTIは145ドルという途方もない急騰を演じていたが、金融危機の発生に伴い30ドル台前半へと急落した。が、主要国のゼロ金利政策を背景に反発し、2011年4月には110ドル超へと回復した。その後は変動を繰り返しながら、2014年7月の105ドルをピークに急速に値崩れしていった。

日米欧の闇雲な金融緩和策がマネーの投機化に火をつけ、商品や株式市場に投機資金がなだれ込んだ。投機は自然に発生するのではなく、金融政策という人為的な操作によって作られた。金融危機による実体経済への影響を軽くするために、必要以上の金融緩和に走ってしまう。金融危機時における中央銀行に対する社会の圧力と主体性のなさが、無制限の金融緩和に向かわせたのである。

その典型的な例は1980年代後半の日銀の金融政策である。公定歩合は1980年3月の9.0%をピークに下げ続け、1983年10月には5.0%まで下げた。1986年1月までの2年3ヵ月、5.0%を維持していたが、1986年1月の引き下げ後も、短期間に4回の利下げを実施し、1987年2月には2.5%と戦後最低を更新した。その間の実体経済の動向はとても2.5%を許容するような低成長ではなかった。

1987年2月までの1年ほどの短期間に、日銀は5回の利下げを実施したが、1985年度の名目GDPは前年比6.2%増であった。公定歩合よりも経済成長率が1.2ポイント上回っていたのである。1986年度と1987年度は4.6%、4.8%それぞれ成長し、しかも、物価上昇率が低下したため、1988年度の実質GDPは6.0%も伸びた。これほど高い経済成長を遂げていながら、2.5%の公定歩合は1989年5月に3.25%に引き上げられるまでの2年3ヵ月もの期間維持されていたのである。

1988年度には4.3ポイントも名目GDPの伸びが公定歩合を上回るという異常事態が起こっていた。収益率が資金コストよりも高ければ、資金需要は旺盛になるのはしごく当然のことであり、土地や株式の期待収益率は実体経済を凌ぐことから、投機資金はそうした金融の世界へ激しく流入していった。

日銀の公定歩合と実体経済との整合性が取れなくなったことが、こうしたバブル経済への道を開いたといえる。1983年10月に公定歩合を5.0%下げたが、少なくともこの5.0%の水準以下に下げなかったならば、その後の日本経済の足取りや姿は相当違ったものになっていただろう。

1980年代のバブル経済と1990年代のその崩壊という人為的大変動を経験しながら、主要国の中央銀行は同じ過ちを犯している。日銀は特にたちが悪い。バブル経済の張本人でありながら、政府の言いなりに、国債の大量購入に精を出す。それによって金融経済だけが活況を呈するという本末転倒の事態を作り出したのである。

第2次安倍内閣が発足した2012年第4四半期と2015年第3四半期の実質民需を比較すると3年弱で1.2%しか増加していない。ほぼ横ばいであり、日銀の国債買い取りの効果は全く認められない。日銀は巨額の国債購入により、資金を市中に供給できるとの触れ込みだったが、実体経済には回らず、金融経済を潤し、経済を歪にしただけである。

「人間的である以上に、体裁を保ち、因習的な世間体を装うことが、銀行家の仕事の当然の一部となっている。生涯にわたるこのような習慣のために、銀行家はもっともロマンティックで、もっとも現実離れした人間と化している。自分たちの立場に疑念を起こさせてはならないということ、手遅れになるまでは、自らの立場を自分でけっして疑わないということ、それだけが彼らの常套手段なのである」(ケインズ全集第9巻、p.158)。セントラルバンカーにもぴったりの言葉ではないか。

慎重の上にも慎重を期していた小心者のFRBは、今週やっと利上げを実施するだろう。早い段階で、利上げの匂いを察知していた商品市場はすでに暴落しているが、株式はしぶとく、それほどの値下がりでもない。だが、商品相場の値崩れは、資源国の経済に打撃を与えるだけでなく、商品を多く抱えている企業のバランスシートを著しく毀損させている。底なし沼に陥っている商品相場の下落は、資産を減価させ、損失が発生している。相場の底が見通せないなかでは、在庫の投げ売りが加速し、商品相場をさらに押し下げることになるだろう。

資産運用でも商品を組み入れているファンドは損切を余儀なくされる。損失額が大きいファンドでは、商品だけでなく株式も処分しなければならなくなる。商品の損失の影響は商品にとどまらず、株式、債券さらには為替と広範囲におよぶのではないだろうか。織り込み済みとはいえ、利上げは少なからぬ影響を金融経済におよぼすことは間違いない。

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