米国の物価高は約30年振りとなっている。さらに上昇していくのか、あるいは今がピークなのであろうか。10月の米消費者物価指数(CPI)は前年比6.2%、食品・エネルギーを除くコアも4.6%上昇し、今回の上昇局面で最大となった。9月の日本のCPIは総合指数で0.2%、コアは-0.5%、10月のユーロ圏は4.1%、コア2.1%と米国に比べればはるかに安定しており、物価が問題になるような状況ではない。
なぜこれほど、米国のCPIだけが高い伸びをみせているのだろうか。原油価格の高騰は米国よりも日本や欧州への影響がより大きいはずだ。それでも、総合指数とコアでは1.6ポイントの差があり、エネルギーだけの寄与度は2.2ポイントと高く、原油高の物価引き上げ効果は大きい。さらに、自動車生産の減産により、自動車の価格が大幅に上昇し、新車と中古車だけでCPIを1.3ポイントを引き上げている。これらエネルギーと自動車の要因を除けば前年比2.7%なのである。米CPIの上昇は米国が車依存社会であることが大きく影響していると考えられる。
9月の米鉱工業生産指数(2017=100)によれば、製造業生産指数は97.7だが、自動車78.3、同部品89.3と製造業を下回っている。今年1月の自動車生産指数は104.2だが、9月は今年の最低であり、前年を24.3%も下回っているのだ。同部品生産指数も年初の96.5から低下し、9月は今年最低である。部品の生産減が続いている状況では、自動車の生産回復は見込めない。半導体不足が生産ネックと言われているが、9月の半導体等の生産指数は122.2、前年比8.9%に拡大し、2019年9月比では13.6%も上回っている。
自動車生産は落ちているが、旺盛な需要が車の値段を引き上げている。9月の米小売売上高によると自動車・同部品の売上は前年比8.3%増だ。7-9月期の米名目GDPの耐久消費財は前年比13.2%、2019年7-9月期比では29.6%と異常な伸びをみせている。
これほど耐久消費材への需要が強いのは可処分所得が伸びているからだ。今年1-9月までの可処分所得は前年比6.2%増である。7-9月期では2.5%に低下しているが、2019年7-9月期との比較では10.9%も多い。民間部門の賃金・俸給も拡大を続けており、7-9月期は前年比10.8%と2四半期連続の2桁増である。給付金だけでなく賃金・俸給の伸びが高いことが、消費者の購買意欲を高めているといえる。
10月の米雇用統計によれば、民間部門の雇用者数は前月比60.4万人増、失業率は4.6%に低下し、雇用の改善も消費拡大要因のひとつに挙げられる。特に、大卒以上の高学歴者の失業率は前年比1.8ポイント低下の2.4%に改善するなど、雇用の需給は逼迫しつつある。サービス業の低賃金雇用が大幅に減少した半面、高学歴の高賃金雇用の増加によって、時間当たり平均賃金は昨年4月、前年比8.2%に上昇、今年4月にはその反動で0.3%に低下したが、再び、上昇に転じ、10月には前年を4.9%上回っている。
2020年4月までの2カ月で2,236万人の雇用が失われたが、2020年4月を底に今年10月までに1,815万人が雇用された。雇用が回復しているとはいえ需給が上手く噛み合うとは限らず、需要が強い分野に供給が追い付かない場面も出てきているはずだ。10月の非農業部門雇用者は前年比4.1%増の高い伸びが続いている。10月の非農業部門雇用者は2020年2月のピークを420万人下回っているが、過去3カ月平均の前月比増加数で雇用が拡大すれば10カ月で過去最高を更新することになる。これからも順調に雇用が拡大することになれば、労働の需給はより逼迫するかもしれない。
こうした労働の需給面で賃金の上昇が持続していけば、コストプッシュによる物価上昇圧力はさらに強まるだろう。7-9月期の米単位労働コストは前年比4.8%に上昇しており、コストプッシュによるインフレに陥っているのかもしれない。
賃金の増加に給付金が加わり、可処分所得が拡大したところへ、自動車生産が減産を強いられたことから、10月の自動車と中古車の価格は前年比9.8%、26.4%それぞれ上昇した。CPIの7.3%を占めるエネルギーは前年を30.0%も上回り、その中の自動車用ガソリンは49.6%に跳ね上がった。
WTIはバレル80ドル台に上昇しているが、2008年6月には140ドルまで急騰、2011年3月から2014年6月まで約3年間は100ドル前後の高水準を維持していた。そうした原油高のときもCPIコアの前年比伸び率はせいぜい2.5%程度の上昇にとどまっていた。
今回の原油高は過去の高騰時を下回っているにもかかわらず、コアの伸びはそのときをはるかに超えている。恐らく、所得や雇用さらにはゼロ金利などによる物価への影響が、原油高の要因以上に大きくなっているからではないか。
新型コロナが経済活動に急ブレーキを掛け、経済は著しく収縮した。収縮からの回復過程にあるけれども、そこではさまざまな不具合が生じているのだろう。そうした数々の摩擦が物価にも現れているのではないだろうか。
9月公表のFOMCの経済予測によれば、2021年の個人消費支出物価指数(PCE)は4.0%~4.3%、同コアは3.6%~3.8%である。9月のPCEは4.4%であり、予測を超えており、コアは3.6%であり、予測内である。2022年の予測は2.0%~2.5%、長期目標には2.0%を掲げており、予測に収め、目標を達成するには、利上げに踏み切り、需要を抑制しなければならない。そもそも実態からかけ離れたゼロ金利政策が株式や不動産だけでなく、物価にも波及してきている。長期におよぶルーズな金融政策が招いた結果といえるが、今や、実体経済と金融経済の両面からゼロ金利は追い詰められている。
だが、日本では物価にさしたる変化はない。『家計調査』(二人以上の世帯)によれば、9月の勤労者世帯の消費支出は前年比2.8%減と2カ月連続のマイナスである。可処分所得はプラスだが、新型コロナの影響で消費は控えられ、貯蓄率は上昇している。
四半期では、勤労者世帯の消費支出は消費税率が引き上げられた2019年10-12月期以降、2021年1-3月期まで6四半期連続の前年割れだ。今年4-6月期は前年が急減したためプラスに転じたが、7-9月期は再びマイナスになった。
2020年4-6月期と7-9月期は現金給付で可処分所得は前年比11.9%、5.6%それぞれ伸びたが、消費支出は9.8%、8.3%それぞれ落ち込んだ。日本では可処分所得が増加しても、それだけでは消費する気にならないのだ。『毎月勤労統計調査』の現金給与総額をみても、2019年、2020年と2年連続の減少だ。今年は3月以降プラスだが、所定内給与はほとんど伸びておらず、9月も前年比0.1%という有り様。2020年までの過去5年の現金給与総額の伸びは最高でも1.4%であり、2年はマイナス、残りの2年は1%未満であった。こうした酷い給与の実態を目の当たりにすれば、一時的な現金給付などでは、到底、消費を増やすことなどできないのである。