物価高と円ドル相場の背景

投稿者 曽我純, 6月13日 午前8:31, 2022年

金利差拡大を理由に円は売られている。対ドルでユーロとポンドは1カ月前とほぼ同じだが、円は約3%の値下がりだ。今週の14~15日にはFOMCが開催され、否が応でも金利に目は向かう。すでに、年末には政策金利は3%程度に引き上げられることが承知されているにもかかわらず、金利差は蒸し返され、それにみなが乗り、円安が進んでいるのだ。

10日に公表された5月の米消費者物価指数(CPI)は前年比8.6%と前月よりも0.3ポイント上昇率は高くなり、1981年12月以来の物価高である。ただ、食品・エネルギーを除くコア指数は6.0%と3月の6.5%から2カ月連続の低下だ。原油価格の高騰でガソリンは前年比48.7%高であり、これだけでCPIを2.2%引き上げている。新車と中古車も依然2桁の伸びで、1.2%寄与しており、これを除けばコア指数は4.8%になる。いずれにしても、エネルギーだけでCPIを2.9%も引き上げているため、原油価格が安定し、エネルギー価格高が剥落するまではCPIは高止まりするかもしれない。

年内、米CPIが高水準で推移すれば、FRBは2%の物価目標を掲げている手前、政策金利を引き上げざるを得ない。金利を上げ、今の活発な経済活動を低下させ、需要を抑える必要がある。10年債利回りの3%超えで、設備投資や消費にどの程度の影響が現れるのだろうか。長期金利の数%の上昇では、実体経済の活動を低下させる効果はさほど期待できない。10年債利回りが3%から5%を超えるような水準に上昇すれば、株式などの金融経済の収縮が実体経済を脅かすことになるかもしれない。下落したとはいえ実体経済から乖離している株式は、利上げにどの程度まで耐えられるのだろうか。株式がこれからさらに下げ足を速めることになれば、インフレ問題など直ちに雲散霧消するのだが。

4月の米民間部門の賃金・俸給は前年比12.8%も伸びており、個人消費支出は9.2%増加し、貯蓄率は4.4%へと低下した。CPIの伸びを除いた実質の個人消費支出もプラスを維持している。賃金・俸給の高い伸びが消費者の購買意欲を駆り立てている。労働需給の不一致による賃金・俸給の高騰がインフレの一因になっており、原油高だけがインフレを引き起こしているのではない。

1960年以降の賃金・俸給(民間部門)の前年比の最高は1979年第1四半期(14.9%)だったが、2021年第2四半期、前年のマイナスの影響もあり15.3%と1960年以降の最高を更新した。その後も2桁増を維持しており、この異常に高い賃金・俸給が物価を押し上げている。CPIと賃金・俸給との相関性は強く、賃金・俸給が急激に上昇しているときにはCPIの伸びも高くなっている。

過去にない首切りと雇用によって、なかなか採用したい人をみつけられないことが賃金・俸給の高騰を招いている。非農業部門雇用者は新型コロナ以前の過去最高に、82.2万人のところまで回復してきており、7月か8月には過去最高を更新するだろう。経済の拡大が持続するならば、労働需給逼迫の解消は難しく、賃金・俸給も高止まりするかもしれない。

日本のCPIは4月、上昇したとはいえ前年比2.5%である。コア指数は0.8%とユーロ圏の7.4%、コア3.9%に比べても低い。なぜこれほど欧米と比較して日本のCPIが安定しているのだろうか。その理由はあきらかであり、賃金・俸給がほとんど伸びていないからなのだ。1994年と2020年の賃金・俸給を比較すると僅かに3.6%の微増にとどまっている。26年間でたったの3.6%ではインフレなど起こるはずがない。金はない、将来に増える当てもないので、少しでも値段が上がれば、買い控えることになる。だから、生産者は容易に値段を上げることができないのだ。企業はコスト増でやっていけないというけれども、『法人企業統計』によれば、2018年度には過去最高の62兆円の当期純利益を計上し、2020年度の現預金は259兆円、10年前の2010年度比57.3%増と膨らむばかり。数年程度、内部留保を使えば、値上げしなくても事業継続は可能なはずだ。原油高はいつまでも続くことはなく、いずれ下落することになるのだから。

ウクライナ戦争がロシアへの経済制裁によって、エネルギーだけでなくさまざまな分野のモノの流れを詰まらせ、止めてしまったことも物価高を引き起こしている。戦争が長引けば長引くほどそうした弊害が大きくなり、物価を一段上昇させかねない。停戦交渉はいつの間にか頓挫してしまい、いつ戦争が終わるのかわからない泥沼状態に陥っている。

5月9日、バイデン大統領は、第2次世界大戦で英国などへの軍事支援を促進した「武器貸与法案」を成立させた。バイデン大統領が自由にウクライナなどへ武器を与えることが可能になった。バイデン大統領の意図は、ウクライナに徹底的に交戦させるつもりなのだろう。これまでウクライナではウクライナ兵と民間人、ロシア兵など何人が犠牲になっているのだろうか。武器の供給を続ければ、戦争も続き、戦死者も増える。

ウクライナ戦争で国連の無力さが露呈したが、だれかが戦争を終結させる調停役を務めなければ、停戦の道筋は見えてこない。バイデン大統領のなすべきことは、武器の供給ではなく、停戦交渉を主導することである。ロシアのウクライナ侵攻以前の原点(ミンスク合意)に戻り、解決の糸口を探ることではないか。

すでに今回の戦争で恐らく数万人が死亡しているようだが、バイデン大統領の方針は人的・物的被害の拡大は厭わないと取れる。ロシアへの経済制裁も続くことになり、エネルギー価格は高止まり、インフレが世界的に蔓延することになる。インフレは政策金利の引き上げを促し、世界経済の足を引っ張る。

第1次オイルショックは第4次中東戦争、第2次オイルショックはイラン革命を契機として、原油価格は3.8倍、2.6倍へとそれぞれ引き上げられた。先週末のWTIは昨年末比1.6倍とオイルショックに比べれば小幅だが、世界第2位の生産量を誇るロシアが市場から締め出されたのだから、他の原油生産国が増産しない限り、原油の逼迫は持続し、原油価格はじわじわ上がるかもしれない。

原油高によって日本の貿易収支は悪化しており、今年4月の貿易赤字額は1.61兆円(季節調整値)と2014年3月以来約8年ぶりの赤字幅となった。4月末のWTIは104.69ドル、円ドル相場は129円83銭だが、先週末のWTIは120.67ドル、円ドル相場は134円42銭だ。先週末と4月末を比較するとWTIは15.3%の上昇だが、円に換算すると19.3%の値上がりになる。5月、6月の貿易赤字はさらに拡大し、輸入に占めるドル建て比率は69.4%(2021年下半期)と高いため、輸入代金の支払いにより多くのドルを手当てしなければならなくなる。

米10年債利回りは3%をはるかに超える水準までは上昇しないはずだ。政策金利のさらなる引き上げは景気を冷やすとみられ、そうした見方が債券利回りの上昇を抑えるからだ。円ドル相場にとって重要なのは、金利差ではなく日本の貿易赤字の規模ではないか。今後、過去最大の赤字を記録することになれば、円安ドル高の進行は強まることになる。

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