物価は需給で決まることが分からない中央銀行

投稿者 曽我純, 9月23日 午前8:21, 2019年

FRBは予想通り0.25%の小幅な利下げをし、それに対してトランプ大統領はパウエル議長とFRBを非難した。7月に続いて連続の引き下げだが、実体経済にいかほどの効果を及ぼすのだろうか。NYダウは週間では値を下げた。為替への影響もほとんどなく、静かな利下げであった。今後の金融政策については、経済の動向次第であり、実質GDPが2.0%程度で成長するようであれば、利下げはしない方針。もしそれを下回る兆しを示せば、利下げに踏み切るだろう。今回、FOMCで提示したFFレートは今年も来年も同じ1.6%~2.1%である。来年のGDP予測は今年をやや下回っているが、物価上昇率はすこし高くなると予測している。それでもコアで1.9%~2.0%だ。

8月の米鉱工業生産指数は前月比0.6%と2ヵ月ぶりにプラスになったが、前年比では0.4%と弱い。製造業に限れば前年比-0.4%である。昨年まではエネルギー部門や自動車などは堅調であったが、今年に入りそれらも失速し、引っ張っていく産業が見当たらない。消費財と設備投資いずれも足踏みし、伸びているのは軍事部門だけである。ただ、軍事のウエイトは鉱工業生産の2.1%にすぎず、多少伸びている程度では鉱工業生産を引き上げることはできない。

8月の米景気先行指数は前月比横ばいだったが、一致指数は0.3%伸び、そのディフュージョンインデックスは100%と景気は全分野に波及していることを示している。これでも利下げをするのだから、本当のところは、FRBはまだ利下げをすると言っているようなものだ。景気先行指数が微妙な読みを要求されるようになれば、FRBは躊躇なく利下げするだろう。

利上げはなかなか歓迎されないが、利下げに不満を言う人はすくなく、大半は賛成なのではないか。だから、往々にして、利下げはやりすぎになり、経済にとって必ずしも良いことにはならない。むしろ、一部の金融経済が非常に活発になり、バブルになるからである。

バブル崩壊による混乱はお金の流れが突然目詰まりし、貸借がうまくいかなくなるため、金融恐慌として世界中に即座に伝播する。最近では2008年のリーマンショックだが、その時も、あっという間にマイナス成長に転落し、失業者が急増したことは記憶に新しい。恐慌になったときは、悪い部分の膿を出し切ることが、経済回復のための条件だ。が、国や中央銀行の政策によって膿が残存することになり、恐慌は中途半端な形で終わることになる。

リーマン後も事態はそのようなものであった。だから、利上げしても2.25%という過去の上昇とは比べものにならない低い水準で打ち止めし、利下げに転じるのである。ピークの2.25%の期間はわずか7ヵ月、ピークもピークとは言えない水準だが、据え置き期間も超短期であった。

名目経済成長が4%も伸びていながら、4%とは掛け離れた政策金利を設定する。いまだにFRBは金融機関から買い取った住宅抵当証券を1.52兆ドル保有しており、リーマンショックの膿の一部を抱えている。これを解すために低金利を続けているのだ。超低金利によって、資金コストを引き下げ、長期処理を可能にするからである。10年以上もゼロ金利と超低金利を続けるという異常な金融政策は経済活動を支援することよりも、不良資産を解すことに主眼が置かれている。

ECBも金融機関がECBへ預ける預金金利をマイナスにしているが、マイナス幅を0.1%拡大、-0.5%にし、11月からは国債などを再び購入するという。金融機関のECBへの預金金利は2014年1月に-0.1%とマイナスに引き下げられてから、マイナス幅は広がり、2016年3月には-0.4%となった。それから3年半後に-0.5%へと拡大された。

ECBへの預金は2014年末、3,665億ユーロだったが、毎年増加し、2019年9月13日時点では1.89兆ユーロに急増している。預金すべてがマイナス金利ではないが、債券購入に伴う金融機関への資金供給の多くがECBへ還流している。これまで預金金利のマイナス幅拡大の効果はまったく現れていない。ECBの金融機関からの債券購入額は2014年末の5,902億ユーロから2019年9月13日時点では2.83兆ユーロに拡大している。

ECBが懸命に金融機関から債券を購入し、資金供給を行っても、非金融部門にはなかなかお金が流れていかないのである。まったく日本と同じことが起きているのだ。オーバーナイト以外の預金にもマイナス金利を導入すれば効き目がでるかもしれない。さらに個人預金等にマイナス金利を課せば、これは瞬く間に預金を手放すことになり、貨幣の流通速度は一気に増すだろう。

個人預金をマイナスにすれば、金融機関は取り付けに見舞われ、破綻行続出ということになる。さらに、金融機関は債券売却、日銀当座預金の引き出しを余儀なくされよう。金融機関と日銀の債券売りで債券相場は崩れてしまうことになる。というような事態が予想され、実際には、個人預金のマイナス金利導入には至らないと思う。

ECBと日銀はマイナス預金と債券購入策で2%の物価上昇を目指しているが、そのことにことさら拘るのは間違っている。8月の日本とユーロ圏の物価は前年比0.3%、1.0%といずれも安定しており、理想的ではないか。これを2%に上げるなどもってのほかだ。金融政策によって物価を上下させることはできない。ものの値段は需要と供給によって決まるのだから。

もし、需要が高まっても供給増によって価格はすぐにもとの水準に戻る。価格が上昇するのは、供給を需要に合わせて調整することができないものに限られる。土地などもそれに該当する。先週発表された基準地価(7月1日現在)によれば、東京の銀座2丁目の商業地が過去最高を更新したが、これこそは供給できないから異常な地価がついてしまう。株式にしても、株式併合や自己株式消却により、東証1部の上場株式数は2015年末の4,024億株から2018年末には3,066億株に減少、さらに日銀の上場投信の買いが浮動株を吸い上げている。さらに、土地や株式などには投機的要素が加わり、一層、価格変動は大きくなる。投機的な部分には金利が関係してくる。金利が低ければ低いほど投機はより激しくなる。地価や株式は一般的なものやサービスとは別の方法で値付けされるのである。

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曽我 純

そが じゅん
1949年、岡山県生まれ。
国学院大学大学院経済学研究科博士課程終了。
87年以降証券会社で経済・企業調査に従事。
「30年代の米資産減価と経済の長期停滞」、「景気に反応しない日本株」(『人間の経済』掲載)など多数