混迷するユーロ圏

投稿者 曽我純, 5月21日 午後2:52, 2012年

日経平均株価は7週連続安となり今年1月第2週以来の低い水準に沈んだ。スペインやギリシャの預金流失騒ぎで信用不安が高まり、安全性や流動性志向が重視され、株式は世界的に売られた。なかでも外人主導相場である日本株の下落率は際立っている。外人の売買動向を地域的にみると、信用不安の震源地となっている欧州勢の支配力が強く(外人売買金額の約7割)、欧州の信用不安が沈静化しない限り、日本株の売却は収まらず下げ止まらないだろう。

 1-3月期のユーロ圏実質GDPが前期比横ばいとマイナスは免れたものの、ドイツを除けば多くの国が前期を下回り、苦境に喘いでいる。1-3月期の米実質GDPは前期比0.5%と前期よりも0.2ポイント低下した。成長に寄与したのは乗用車等の耐久消費財と在庫増であり、前期とまったく同じ成長パターンである。年率にすると成長率が高くなり、成長している錯覚を与えるが、実際の伸びは低くかつ内容も喜べるものではない。投機家たちもこうした欧米経済の足取りの重さにやっと目覚めたのか、商品市況も反落しつつある。景気の低迷にドル高ユーロ安も加わり、WTIは91ドル台と昨年10月第3週以来、金価格は昨年12月末以来の低い水準に落ち込んだ。

ユーロは売られ、対ドルで今年1月中旬以来のユーロ安となった。対円でも100円近くまで安くなり、ユーロ安円高も日本株の売り圧力を強めた。一方、主要国の国債への資金流入の勢いは止まらず、利回りは軒並み最低を更新した。米国債利回りは1.7%台に下がり、大恐慌以降でも経験したことのない低水準に低下した。株式・商品売り、国債買いへとポートフォーリオの変更を急いでいるようだ。

ドイツの国債利回りは1.4%台へと過去3ヵ月で50ベイシスポイントも低下し、異常に買われている。今年1-3月期のドイツ名目GDPは前年比2.5%と4四半期連続で低下したとはいえ国債利回りよりも約1%も高い。4月のドイツインフレ率は前年比2.7%であり、実質では利回りはマイナスになる。米国も-0.6%と実質マイナスとなり、日本は実質では0.33%と3ヵ国のなかでは最も高い。実質金利が-1.3%と低いことや、ユーロ圏での信用度の違いによって、ドイツの国債市場に逃避資金が流入していることを物語っている。ギリシャの国債利回りは30%近くまで上昇、スペインは6.23%と1ヵ月で40ベイシスポイント上昇し、ドイツとの利回り格差は拡大するばかりだ。

利回りの低下する国の企業は、長期資金調達コストの低下から設備投資が拡大し、競争力が増す一方、利回りの高くなる国の企業はコスト高となり、収益力が低下する。信用力のある国は成長するけれども、信用力に劣る国の経済はますます悪化することになる。こうした分極化を利回り格差はもたらしているのである。

1-3月期もマイナス成長になりリセッションに入ったスペイン、すでにリセッションに入っていたイタリヤやポルトガルは不況の長期化に向かっている。本来、景気の悪い国では国債利回りが低下して、設備投資を刺激するなどのメカニズムが働くけれども、ユーロ圏では、景気が悪化しても、利回りは上昇することになり、経済の悪化に拍車を掛けることになる。ユーロ圏の政策金利は1%だが、信用問題が立ちふさがり、短期資金も借りることができない袋小路に入り、ECBやIMFに頼る以外の資金調達方法は閉ざされてしまった。

 ユーロ圏の信用問題を抱える国は、金融政策による景気刺激ができないだけでなく、緊縮財政を掲げたことから、財政支援の道も閉ざされてしまった。これでは経済がますます酷い状態に進行するのは火を見るよりもあきらかである。しかも、欧州委員会は2008年以降の経済の落ち込みを通常の景気循環による景気後退と判断したようだ。米国同様、欧州も不動産バブルで沸いたが、宴の後の深刻な事態を深刻には捉えなかった。

2009年のユーロ圏実質GDPは前年比4.3%減と戦後最大のマイナスになったにもかかわらず、財政出動をためらい事態を一層深刻なものにした。財政出動しなければならないときに、財政赤字がGDP比で高くなるという理由で緊縮財政を推進することは「角を矯めて牛を殺す」だ。

急激な落ち込みにより、2010年のユーロ圏成長率は1.9%に回復したが、2011年は1.5%に低下し、2012年は-0.3%のマイナスになると予測されている。もっと思い切った拡張政策を採っていれば、再びマイナスになるような事態は避けることが出来たのではないか。

 不動産バブルの後始末が中途半端であれば、いつまでも信用が回復せず、資金の貸し借りは萎縮する。住宅価格の暴落は、負債はそのままだが、資産の著しい目減りを招く。そのため、消費支出は慎重になり、本格的な回復には程遠い状態が続く。市場主義者のいうように市場に任せていれば再び元の状態に戻るのではなく、いつまでも不況が続くことになる。貯蓄は増加するけれども投資は回復せず、超過貯蓄の状態が持続し、有効需要不足に陥る。なにも不動産価格が急落し、社会のバランスシートが崩れたときだけでなく、経済が発展していくと有効需要不足の問題がでてくるのは避けられないことなのだ。貯蓄をする人と投資をする人は別であり、社会がより豊かになればなるほど所得のうち消費する割合は低下するからである。 

PDFファイル
120521_.pdf (398.08 KB)

曽我 純

そが じゅん
1949年、岡山県生まれ。
国学院大学大学院経済学研究科博士課程終了。
87年以降証券会社で経済・企業調査に従事。
「30年代の米資産減価と経済の長期停滞」、「景気に反応しない日本株」(『人間の経済』掲載)など多数