米株の頭は重くなってきた。大統領選まで1カ月少々に迫ってきていることが株式に影響している。米株式にとって大統領選は区切りとなる、と多くの市場参加者は予想しているからだ。新型コロナで経済は急激に落ち込み、先行きも見通せない状況下で、米株式が過去最高値を更新、あるいは最高値に接近することは常軌を逸している。FRBが向こう数カ年ゼロ金利を維持するとの表明は株式市場への演出だが、FRBが来年の実質GDPを3.6%~4.7%と予測することと矛盾している。しかも、新型コロナが収束せず、規制を強いられることになれば、経済活動は低下するなど、経済の先行きは極めて不透明であり、予想など不可能な状況下にある。
米株式は極めて楽観的な見通しに依拠しているのだ。最大の株式保護者であるトランプ大統領が再選されるかどうかが、当面の関心事である。ウオール街の擁護者が去ることになれば、米株式は大きく崩れるのではないだろうか。今までの長期にわたる株式の実体経済からの乖離が解消されるかもしれない。劇的な解消は起こらないにしても調整は避けられないだろう。11月3日の大統領選挙から来年1月20日の就任式に至る過程でトランプ大統領が「平和的な政権移行」を拒むなど波乱を起こす事態も予想され、予想外の選挙結果になるかもしれない。いずれにしても、ウオール街を鼓舞する大統領が就任するかどうかに、米株式の行方は掛かっている。
9月の米国やユーロの経済活動は前月からやや低下している。日本はほぼ横ばいだが、欧米よりも景況は悪い。9月のPMIは米国54.4、ユーロ圏50.1と50を超えているが、日本は45.5と景気の収縮を示している。ユーロ圏もサービスは47.6と前月の50.5を下回ったが、製造業は53.7と前月よりも2.0ポイント改善している。
8月の米小売売上高は前月比0.6%と5月以降4カ月連続のプラスであり、前年を2.6%上回っている。8月の資本財受注(非軍事、航空機除く)は前年比1.7%と2カ月連続のプラスであり、資本財部門も踏みとどまっている。7月のユーロ圏の小売売上高は前月比-1.3%と3カ月ぶりのマイナスだが、前年比では0.4%と2カ月連続増である。
一方、日本の小売業は7月、前月比-3.4%と3カ月ぶりにマイナスとなり、前年比では-2.9%と3月以降5カ月連続減とマイナスから抜け出せない。8月のスーパー売上高は前年比3.3%と4カ月連続のプラスだが、百貨店は22.0%減と前月よりもマイナス幅は拡大しており、消費が回復していると言える状況ではない。
新型コロナの感染者数が700万人を超え、死者も20万人を突破している世界最悪の米国が、なぜユーロ圏や日本の経済よりも回復力が強いのだろうか。また、日本経済はユーロ圏よりもなぜ良くないのか、不思議である。訪日外国人観光客の急増によって、宿泊、飲食などがバブルを引き起こし、特需ともいえる需要のあっけないほどの突然の蒸発が、日本経済に大打撃を与えたからだろうか。
過去数年の間に、外国人観光客が日本ほど伸びた国はない。2019年の訪日外人旅行者数は前年比2.2%の3,188万人と急速に伸びは鈍化したが、2018年(3,119万人)までは急増し、5年前の2013年(1,036万人)比3倍に拡大した(2013年までの5年間は24.1%)。2019年、訪日外国人旅行者は宿泊、飲食、買物等に4.8兆円を消費した。国内最終消費支出の1.6%に過ぎないが、外国人旅行者依存度が急上昇したところは存亡の危機に直面している。
政府の訪日外国人旅行者拡大計画に沿って、巨額の設備投資したところも、突然、期待収益率は急低下し、資産は大幅に減価するが負債はそのまま残る悲惨な状態に陥っている。今までにない繁栄を謳歌していたことが一気に反転した衝撃は大きい。
もともと内需が弱い日本経済にとって5兆円弱の訪日外国人旅行者の需要は数字以上の影響を及ぼしていたのだろう。訪日外国人の最大の支出は買物代であり、総額の約三分の一を占めている。外国人の購入がゼロになってしまうと、生産から販売まで多くの人が関わっているだけに、そうした人たちの収入が激減し、消費意欲は冷え切ることになる。消費マインドは直接の関係者だけでなく2次、3次と波及し、全国に広まっていくことになるだろう。
『家計調査』によれば、第2次安倍政権が始まった2012年の勤労者世帯(二人以上の世帯、1カ月平均)の消費支出は31.3万円、前年比1.6%増加した。2013年も1.7%と2年連続で増加したが、2014年以降、2016年まで3年連続の前年割れとなり、2016年は2013年よりも3.0%減少した。2017年から3年連続で消費支出は増加し、2019年には32.3万円と安倍政権になってから最大となった。2度の消費税率の引き上げによって、消費支出の伸びは緩やかであり、2019年が伸びたとはいえ、2008年だけでなく2005年までの5年間の水準にも達していない。
2012年の可処分所得は42.5万円だが、2016年まで42万円台でほぼ一定だった。が、その後、増加し、2019年は47.6万円に拡大、2000年の47.4万円を上回り、過去20年間では最大となった。可処分所得の伸びに比例して、消費支出は伸びず、2019年は2008年さえ下回っている。
消費支出が可処分所得の増加につれて伸びないのは、第2次安倍政権の2017年までの5年間、世帯主(男)の収入がほとんど伸びなかったからである。2019年と2000年を比較すると、2.8万円減少している。半面、配偶者の収入は同期間2.9万円増加し、配偶者の収入増で家計を工面している姿が浮かんでくる。
配偶者が支出決定権を握っている家計の割合が多いと予想され、世帯主の所得低迷に不安を覚え、配偶者はなかなか財布の紐を緩めないのではないだろうか。
2018年度の大企業従業員給与(賞与を含む、『法人企業統計』)は2012年度比8.5%増に対して当期純利益は3倍に拡大、労働分配率は見る影もない。あらゆる統計が賃金の低迷と企業利益の著しい増加を示しており、賃金と利益の分配が日本経済の成長を阻害している最大の問題であることは間違いない。しかも、賃金についても格差は拡大しており、こうした格差を縮小しなければ消費は拡大しないのである。
日本が欧米経済よりも低迷しているのは、訪日外人旅行者が途絶えたことも要因のひとつに挙げることができるが、さらに重要なことは労働分配率の低下や賃金格差の問題ではないだろうか。景気悪化は中小企業や低賃金のところにまずしわ寄せする。そうした脆弱な部門が広範囲に及んでいることも、日本経済が欧米よりも足踏みしている要因ではないだろうか。
世帯主の収入が20年前よりも少ないような国は極めて稀である。このような分配が20年も続いていることは、これから先も同じような状態か、さらに悪くなると見当をつけているのかもしれない。だから、給付金も貯蓄するのだ。