構造的要因の消費への計り知れない影響

投稿者 曽我純, 10月2日 午後8:25, 2016年

8月の米個人消費支出は前年比3.6%増加したが、『家計調査』によれば日本の消費支出(二人以上の世帯)は前年比5.1%減少した。米国の消費支出は前年比3%台で推移しており、日本にとっては羨ましいほどの伸びである。それでもFRBは利上げを先送りしている。FRBが利上げできないのは、ウォール街に気を使っているからだ。米国民のことなど少しも考えていない。利上げの株式や住宅への打撃が怖いのである。FRBは金融危機を引き起こした張本人である金融機関を優遇し続け、資本主義を踏みにじる行動を採り続けている。市場のことは市場に任せる、自らしでかした過ちは自ら取る、といった原理原則を曲げてしまった。

FRBはいまだにモーゲージ担保証券(MBS)を1.7兆ドル(9月28日時点)保有しているが、買入れ価格と時価との関係はどうなのだろうか。利上げにより、回復している住宅価格や株式相場の腰を折ることをなんとしても避けたいのだ。自身抱えている巨額のMBSが値崩れすることも怖いのだろう。金融危機後の抜本的治療を怠ったことの付けが回ってきているのである。

FRBの『Financial Accounts of the United States』によると、6月末の米家計資産は103.7兆ドル、2013年末比11.9%増加しているが、不動産は25.5兆ドルと17.1%増加しており、金融資産の10.5%を上回る伸びをみせている。こうした不動産や金融資産の拡大があっても、個人消費の伸びは金融危機以前よりも低く、仮に、不動産や株式などが値崩れすることになれば、3%台の伸びを維持している個人消費は2%台へと落ちかねない。

在庫要因が強いとはいえ、4-6月期の米実質GDPは前年比1.3%とFRBの予測(第4四半期の前年比1.7%~1.9%)を下回っている。8月の個人消費支出は前月比横ばいと弱く、非国防資本財受注(航空機除く)も前年比1.3%減と設備投資は不振のままである。需要に力強さがみえないため、8月のPCE(個人消費支出)物価指数は前年比1.0%とFRBの予測にとどいていない。12月13日、14日開催のFOMCまでに米実体経済がFRBの予測に近づくような要因はみあたらず、また不動産や株式などを考慮に利上げ踏み切ることはないだろう。

円ドル相場はFRBの金利据え置きによって、近々、90円台に上昇するだろう。円高ドル安が90円台に突入することになれば、日銀の物価目標はますます遠ざかることになる。旧日本軍の行動を彷彿させる日銀は、安部政権により生きながらえているが、安部政権がいつまでも続くわけではない。政治に寄り添えば寄り添うほど、身動きが取れなくなり、傷口も広がっていく。自由を束縛されることの恐ろしさを感じているのだと思うが、いまさら安倍政権に歯向かい、自主性を取り戻すことなどできはしない。が、国民の立場に立てば、勇気を振り絞って、愚策を取り下げ、正常な日々の金融政策を遂行すべきではないか。都庁ではないが、結局、責任などだれも取らないのだから、金融政策者など咎められることはあるまいと思っているのだろう。日銀のプライド、総裁の良心が今一番問われているのだと思う。

消費者物価指数は8月まで5ヵ月連続の前年割れとなっており、いまはデフレ経済下にある。2013年6月以降、消費者物価指数はプラスであったが、主なプラス要因は消費税率の引き上げであり、日銀の金融政策が功を奏したのではない。1997年4月の消費税率引き上げのときも、物価は2年強プラスで推移しており、今回は前回よりも3%と前回より引き上げ幅が大きく、2年半ほどプラスは続いた。だが、物価は人為的にプラスになっただけで、経済体質はずっとデフレだったのである。だから、消費税引き上げの影響が剥落すれば、物価はもとのようにマイナスになるのだ。

マイナスといっても極めて緩やかなマイナスであり、これが日本経済の本当の姿なのである。こうした経済体質を金融政策で変えられるものではない。財政を拡大しても実質GDPは前年並みの水準やっと維持しているだけである。公的部門が経済の25%を占めるまでに拡大しても経済は確かな成長軌道に乗らない。ゼロ金利、巨額の買いオペ、財政拡大と政策を総動員しても日本経済は少しも変わらない。

物価が2%も上昇して、金利ゼロ、もしこのような経済状態が生まれることになれば、家計は大変なことになるのは必至だ。年2%の物価上昇が続くと仮定すれば、貨幣価値は毎年2%減価する。100万円の現金の実質購買力は1年後、98万円に減価し、10年後には81.7万円に落ち込む。逆に、借金の債務は同額減価することになり、返済は楽になる。おまけに、金利がゼロであれば、借手は万々歳である。利息はほとんど発生せず、元本だけ払えばよい。しかも、2%の物価上昇で実質的な負担は大いに軽くなる。だが、このようなうまい話しはない。

物価が2%も上昇して、金利がゼロなど起こりえないが、それで一番得をするのは政府である。政府の資金不足額がもっとも大きく、1,000兆円超もの借金を抱えている。日銀が政府と一体になって実行している金融政策は国のためであり、国が借金をしやすく、かつ負担を軽減するための方策なのである。

他方、資金余剰は非金融法人と家計だが、いまは民間非金融法人が最大の余剰者になっている。そのため民間金融機関の民間非金融法人への貸出は6月末、前年比0.2%にすぎない。家計へは3.0%であり、もっとも伸びているのは金融機関向けで15.0%と2四半期連続の2桁増である。

ゼロ金利でも資金が流れるのは非金融法人ではなく金融関連向けであり、そうした貸出は株式や不動産などの分野に投機的に流れているのである。資金は社会に必要なところには流れにくく、本来流れなくてもよいところに流れやすいのである。

これだけ長期間、政策を総動員しても家計の消費支出が8月、前年を5.1%も下回り、季節調整値の消費支出は95.7(2015=100)と大震災・原発メルトダウンの2011年3月(95.6)以来、5年5ヵ月ぶり、実質では2000年以降では最低となった。2015年8月の消費の伸びが高く、今年は台風等の災害も多発しており、消費が落ち込んだ原因だと考えられるが、それにしても2011年3月と同じ水準まで悪化するとは尋常ではない。構造的要因(人口減、超高齢化等)の消費へのマイナスの影響は計り知れない。

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