週末値では円ドル相場は5月第1週の130円56銭を底に3週連続の円高ドル安である。米10年債利回りが5月第1週の3.13%をピークに3週連続で低下していることに一致している。すでに手当てしていたドルで米債の購入に動き出しているのだ。FRB関係者からたびたび発言された50ベイシスポイント(bp)の連続引き上げ、先週のFOMC議事録要旨で50bp利上げが適切との指摘などによって今年12月には、政策金利は3%近くまで上昇することが既成事実化してしまっている。よほど、実体経済が変化しない限り、年末に向けての政策金利見通しに大幅な変更はないだろう。
だから、5月第1週までに年末までの政策金利の上昇を米債は織り込んでしまった。日米の金利差拡大というシナリオによって動いていた円ドル相場は、金利差拡大から金利差縮小へと転換したことによって円買いドル売りを余儀なくされている。再び、米10年債利回りが3%を超えるような動きをみせるだろうか。恐らく、その可能性はそれほど高くはない。そうであれば、円ドル相場は円高ドル安傾向を持続することになる。
直近5月の米景況指数はいずれも4月を下回っている。ニューヨーク連銀製造業景況指数は-11.6と4月の24.6から一気にマイナスへ悪化、フィラデルフィア連銀製造業指数も2.6へと15ポイントの低下である。PMIは56へと2.2ポイント、ミシガン消費者センチメント指数は58.4、6.8ポイントそれぞれ低下した。4月の新築住宅販売件数は59.1万戸と2018年12月以来となり、前年比では26.9%も落ち込んだ。4月の非軍事資本財受注(航空機除く)は前年比6.3%と3月までの2桁増から昨年2月以来の1桁増である。米国経済は一時の過熱状態から減速へと移行しているようだ。
米国経済の減速は物価にも表れている。4月のCPIは前年比8.3%、前月よりも0.2ポイントだが低下した。FRBが注視するPCE(個人消費支出)物価指数も4月、前年比6.3%と前月よりも0.3ポイント、コア指数は4.9%と0.3ポイントそれぞれ低下し、物価はピークを越えたかもしれない。原油は1バレル=115ドルと高水準を維持しているが、高価格が消費者に原油節約的行動を取らせ、さらなる上昇を抑制するだろう。
一方、米国の賃金・俸給(民間部門)は4月、前年比12.8%と依然高く、賃金・俸給の伸びによって、米消費者心理は楽観的であり、PCEは前年比9.2%増加した。だが、可処分所得は前年比-0.3%と2カ月連続のマイナスであり、5月はプラスが予想されるが、伸びは小幅にとどまるだろう。4月の報酬や金融所得などすべてを含んだ個人所得は前年比2.6%増に過ぎなかった。理由は昨年の3月、4月の個人所得が政府給付金で嵩上げさたことに対する反動に加え、所得税が23.9%も増加しており、これらの要因によって個人所得の伸びは抑えられた。
可処分所得は前年割れになったが、PCEは高い伸びを維持したことから、貯蓄は前年比65.0%減少し、貯蓄率は4.4%と4カ月連続の低下だ。貯蓄率の4.4%への低下は2008年9月(4.3%)以来、13年7カ月ぶりのことである。サブプライムローンによって、リーマン・ブラザーズが破綻した月である。それまで米国経済は住宅ブームで沸いており、家計も企業も超楽観的経済見通しで支配されていた。サブプライムローンが可笑しくなり、リーマン・ブラザーズの経営破綻で米国民は目覚めたのだ。先行きを楽観的にとらえれば、貯蓄などに回すことなく、今を楽しむために使ってしまえということになる。事が起こって始めて、行き過ぎた消費行動を見直すことになる。その時にはすでに遅いのだが。
今、米国民の多くは、リーマンショック前のような楽観的なムードに支配されているのではないか。貯蓄率4.4%はそうした楽観姿勢を示唆していると言える。これから米国の景気減速があきらかになれば、消費者は現実を直視せざるを得なくなる。これまでのような消費行動は影を潜め、貯蓄性向を高める行動に移るだろう。
今年4月の米国の人口は3億3,286万人、前年比0.27%増である。昨年7月は0.12%と過去最低だったが、やや盛り返してきている。新型コロナの影響などにより、2021年は0.13%と前年よりも0.24ポイント低下した。2020年以降、人口増加率は急低下しているが、10年前の2011年は0.79%、2001年は1.00%、さらに1961年まで遡れば1.64%も増加しており、米国の人口増加率は長期的に低下してきているのだ。それが新型コロナで一気に過去最低の伸び率まで押し下げられた。こうした人口の伸び率の極端な低下は、これからじわじわと米国経済に悪影響を及ぼすはずだ。
新型コロナは米医療体制の脆さをあからさまにした。新型コロナによる米死亡者数は5月16日、100万人を突破し、世界最多である。人口100万人当たりでも3,017人(Our World in Data)とG7では最多、最少は日本の242人(ロシアの2,544人よりも多い)。南北戦争では約50万人が死亡したが、その後の戦争による死者をすべて加えても100万人に達していない。医療技術の進歩にも関わらず、スペイン風邪による米国の死亡数67.5万人をはるかに超えている。
失業者の急増と皆保険でないことが、医療機関への受診を躊躇させ、満足の行く医療を受けられず、死者を増やした。さらに根本的な問題は米国の医療は市場原理に基づいて運営されていることだ。つまり利益至上主義なのであり、ウォール街と同じ考え方で運営されている。「病院にとって人間の体は、納品され、改造され、発送される物体なのだ・・・・すべてジャストインタイムに・・・あまり多くの体があっても困るし、少なすぎてもいけない」(ティモシー・スナイダー、『アメリカの病』、2021年1月、p.106)。米国の病院は、ベッドを維持するためには費用が掛かるため、余分のベッドを持たないのである。ベッドだけでなく人工呼吸器や防護服などの備品について予備が少ないのである。こうした医療体制であれば、パンデミックに襲われれば直ちに崩壊することになる。100万人超の生命を奪ったのはウイルスだけの仕業ではなく、医療体制という人災の側面が強い。
保険医療関連の一人当たりの支出額は米国が世界でトップだが、平均寿命は2019年までの過去10年間、78.8歳で横ばいであった。2020年は77.3歳、前年よりも1.5歳も低下した。米国よりも少ない支出額で主要国の平均寿命は80歳を超えている。所得格差の拡大による貧困、肥満や薬物など多くの問題を抱えており、ヘルスケアの支出拡大は平均寿命に結びついていない。9,053億ドル(2021年)の巨額の軍事費を使いながら、パンデミックに対応できず、平均寿命は頭打ちになっている。世界のリーダーを自任するにはあまりにも不甲斐ない。米国民の70%がオーバーウエイトで36%が肥満、さらに殺人や自殺などで米国社会は蝕まれており、とてもリーダーたる要件を満たしているとはいえない。軍事費だけでは世界を治めることはできないのである。