株式に寄り添うパウエルFRB議長

投稿者 曽我純, 1月7日 午前8:09, 2019年

1月2日、アップルの10-12月期売上高見通しの下方修正によって米株式は急落したが、4日にはイエレン、バーナンキ両元議長との討論会で、パウエルFRB議長は「常に政策スタンスを大幅に変更する用意がある」、「われわれは市場のメッセージに注意深く敏感に耳を傾け、政策運営に当たり下振れリスクを考慮するということを申し上げたい」と述べ、株式市場関係者に安心感を与え、NYダウは先月18日以来の水準に上昇した。

半月ほど前のFOMCでは「いくらかのさらなる段階的な」利上げが必要との姿勢を一転させた。株式がさらに下落するのであれば、利上げはしない、場合によっては利下げもあり得るとの含みを持たせた。株式市場参加者には安心して株を買ってもいいのだと諭したのである。FRBはまさに株式と一体となった政策を進めるというのだ。余りにも露骨な株式への介入ではないか。自ら蒔いた種でバブル化した株式の振れに、あたふたするFRB、中央銀行とはその程度の存在なのだ。

トランプ大統領のパウエルFRB議長への攻撃、さらに株式の動揺によって、パウエルFRB議長の金融政策のスタンスは明らかに変わったといえる。社会はすぐに日和るFRBの姿勢をどのように評価するのだろうか。いとも簡単に金融政策をころころ変えることが経済にとって相応しいのだろうか。一時的には株式は戻すけれども、そもそも株式の変動をなくすことはできない。あるときには実体経済のはるか上をいくこともあり、あるときには実体経済のはるか下をいくときもある。

金融政策や財政政策は実体経済の需要を調整し、経済変動をなだらかにするための施策である。そうした政策を株式のために用いることは本末転倒なのだ。株式に寄り添った政策を推し進めた結果、株式がバブルとなり、その崩落が実体経済を収縮させ、社会の混乱をもたらすことになる。大恐慌や最近の金融恐慌を思い起こすだけで株式バブルは避けなければ、とだれもが思うのだが、残念なことに、中央銀行はそうは考えていないようだ。

これまでの数々の株式バブルを振り返ってみても、中央銀行の極端な低金利政策がバブルを引き起こしたことは論を俟たない。FFレートはいまだに2.25%と低水準である。昨年秋には3%を超えていた米10年債利回りは2.67%に低下している。特に日本のように預金金利がゼロに近ければ、資金は投機市場に向かいやすい。その結果、日々3兆円近いマネーが東証1部に流入し、売買回転率(株数)は100%超という異常な状況がつづいている。

米国でも実質短期金利は0.5%と低く、10年債利回りは名目GDPの前年比伸び率の半分ほどである。本来、10年債利回りがGDP成長率を下回っていれば、投資分野は豊富で、設備資金需要が高まり、利回りは上昇していき、GDP成長率まで高くなるはずだ。ところが、政策金利を低位にしているため、10年債利回りは実体経済から乖離した水準にある。

いずれにしても、低金利は投機的な分野への資金の流れを促し、金融市場はバブル化するのである。過去6年ほどの米国株の急騰の原因は低金利政策にある。昨年末のNYダウを2012年末と比較すると1.78倍に拡大しており、名目GDPの1.28倍を上回っている。株式がGDPの伸びを上回り続けることは不可能であり、いつかはGDPに収斂せざるを得ない。金融政策面で優遇措置を採ったところで、早晩、株式バブルは崩壊する。

昨年12月の米非農業部門雇用者は前月比31.2万人と前月よりも大幅に増加した。昨年10-12月期でも月平均25.4万人と前期よりも6.4万人増である。前年比でも1.8%と過去1年の伸びは緩やかに拡大しており、雇用面からみれば、米国経済は安定した拡大をしている。一方、賃金は前年比3.2%と3ヵ月連続の3.0%超である。賃金上昇力が高くなっているにもかかわらず、10年債利回りは低下している。11月の米消費者物価指数は前年比2.2%と10月から低下したが、賃金の上昇率がさらに高くなれば、物価にも波及していくだろう。

雇用統計からは物価上昇の懸念が感じられる程度で、前言を翻すほどの変化を米国経済に見出すことはできない。今年、FFレートを2回引き上げたとしても、2.75%にすぎない。FRBは株式に安易に迎合するのではなく、米国経済、世界経済に適した政策を実行すべきである。

昨年、トランプ大統領は中国に対して、7月、8月、9月に貿易制裁を発動し、総額2,500億ドルの中国からの輸入に高関税を課した。同様に、中国も対抗措置を取り、米国製品の輸入を抑制している。こうした保護貿易措置を講ずれば、当該国だけでなく、世界の貿易・経済がその影響を被ることは避けられない。事実、世界経済は減速しており、米国経済も無傷なままというわけにはいかないのである。

アップルが売上高見通しを下方修正せざるを得なくなった原因を作ったのはトランプ大統領なのだ。特に、中国での売上高見通しが悪くなったというが、スマホ以外にも不買運動が拡大すれば、業績を下方修正する企業は増えることになる。14億人という米国の4倍超の購買力をトランプ大統領は見くびったといえる。トランプ大統領は自分の犯した過ちを棚に上げ、矛先をFRBに向けるなどお門違いも甚だしい。

アップルの株価は昨年10月のピークから36.1%も下落しており、中国での販売不振を織り込みつつあった。NYダウも昨年10月に過去最高値を更新したけれども、すでに昨年1月以降は不安定な動きをしており、貿易戦争の行方を不安視していたのだ。しかし、対中関税第3弾(9月17日)が打ち出されても株式はなお強気だった。株式関係者は貿易戦争の経済への影響を軽視していた。株式関係者はトランプ大統領と同じ過ちを犯したのである。

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