株価下落の要因に中国の景気の悪化を挙げているが、中国の共産党独裁政治の統計には信憑性など欠片もなく、中国経済を槍玉にするのは間違っている(日本の株式市場も市場とは言えたものではなく、中国と五十歩百歩といったところか)。株価急落の主因は主要国のゼロ金利などの金融政策に求めるべきだ。長期間、金利をゼロに釘付けしていることから、金融経済だけが、その恩恵に浴し、不当な利益を懐にいれることができた。株式、債券、商品、不動産など金の力だけで牛耳ることができる部門に巨額の金が流れ込み、ゼロ金利を十分に堪能したようだ。
だが、実体経済が金融経済に伴って拡大していかなければ、金融経済だけが膨れ上がり、実体経済とのバランスは崩れてしまう。8月に入って、そうしたアンバランスに目が向かいだしたのだろう。金融経済がいくら拡大しても、実体経済はほとんどその影響を受けることなく、沈黙したままである。日銀の金融政策は資金不足の政府への資金供給を担っただけであり、特に、日銀の金融政策は家計部門には無力だった。企業はすでに巨額な内部留保を抱えており、借入をする必要などなかったのである。
8月末の日銀の総資産は361.4兆円、国債保有額は306.1兆円と総資産の大半は国債で占められている。黒田日銀総裁が就任した2013年3月末の日銀総資産(164.3兆円)、国債保有額(125.3兆円)と比較すると総資産は2.2倍に拡大している。これだけ国債を購入しても、GDP統計によれば、4-6月期の名目民間最終消費支出は292.3兆円、2年前の同期(293.0兆円)比微減なのである。実質では2.7%減となり、実質GDPもほぼ横ばいと金融政策の効力は認められない。
米国経済にしても、ゼロ金利期間はすでに6年以上だが、実質前年比2%台の成長にとどまっており、金融危機以前のような3%、4%成長には戻らない。米国が低成長から抜け出す見通しを描けないにもかかわらず、米株式は2009年を底に6年超におよぶ長期上昇相場を謳歌したのである。ゼロ金利によるマネーゲーム以外のなにものでもない。最近の急落で米株式価額は減少したとはいえ、名目GDPの1.9倍の規模であり、米株式の収縮は初期段階にすぎないのではないか。
日銀が民間金融機関から国債を購入し、民間金融機関に資金を供給する。民間金融機関は増加した現金を家計や企業に貸し付けることができれば、日銀の国債購入は活きて来るが、家計や企業の資金需要は乏しく、民間金融機関は国債売却で入手した現金を持て余すことになる。日銀が国債を吸い上げているので国債は品薄になり、超過準備に利子が付く日銀当座預金(8月末の日銀当座預金残高は231.4兆円)に預ける。日銀はこの金でさらに国債を買うという仕組みだ。民間金融機関の過剰預金は日銀に吸い取られ、国債に変わっているだけで、金が民間非金融部門に流れ出てはいないのである。
黒田日銀総裁が異次元という国債購入策を導入してから2年半近くになるけれども、変化したのは為替と株式だけであり、実体経済へはさしたる影響をおよぼしていない。異次元緩和は為替と株式のバブルを引き起こし、その付けがいまあらわれているのだ。実体経済はもとのままでありながら、円ドル相場が1ドル=70円台から120円台になり、日経平均株価が8,000円台から20,000円超に急騰したのは偏に、政府と日銀の後ろ盾があったからだ。政府と日銀の阿吽の呼吸を市場関係者は汲み取り、美人投票の要領により、円売りドル買いと日本株買いを同時に執行していったのである。
だが、この美人投票も賞味期限を迎えたのである。実体経済がいつまでも無反応であることに痺れを切らしてしまったといったほうがよいかもしれない。きっかけはなんでもよいのだ。もともと、美人投票に精を出していたのだから、見切売りにでるのも早い。
需給関係がよく反映され、投機的でもある商品相場は激しく下振れしている。ただ、商品相場の下落は最近の話ではなく、銅にいたっては2011年2月をピークにずっと右肩下がりだ。商品相場を代表するCRBにしてもピークは2011年4月であり、すでに4年半近く下がり続けている。特に、昨年6月以降は原油の急落が加わったため、CRBは下落に拍車がかかり、リーマンショック後の底を下回り、2002年2月以来13年半ぶりの低水準に下落している。
こうした商品需給の悪化に目を瞑り、株式は買われていたけれども、原油の急落によってやっと目が覚めたのではないか。資源価格は需給に敏感に反応し、需要の減少はたちどころに価格に反映される。資源価格の下落は消費者物価の低下を促し、日・米・欧の消費者物価はいずれも前年比0.2%(日米は7月、欧は8月)と世界的に物価はゼロに近い水準にある。消費者物価がゼロに近ければ、消費者は買い急ぐような行動は取らない。物価の観点からはゼロ金利は適切な水準であるといえる。もし、消費者物価がゼロ近辺にあり、金利が引き上げられると、貯蓄が増加し、デフレが強まるからである。
資源価格の下落は資源産出国にとっては打撃を被るが、資源輸入国にはコスト削減の効果が大きく現われる。日本の4-6月期の『法人企業統計』によると、全規模全産業の売上高は前年比1.1%だったが、営業利益は20.5%と大幅に伸びた。営業増益の最大の要因は売上原価が0.1%減少したからだ。企業規模別では資本金10億円以上の大企業の売上原価は前年比1.9%減となり、それ以外では1.3%増加しているのだ。大企業の売上高は前年比0.2%減少したけれども、売上原価が大幅に減少したため、営業利益は20.8%伸びた。
大企業の売上原価の前年比減少額は2.03兆円に達し、4-6月期の鉱物性燃料輸入額の前年比減少額(1.98兆円)にほぼ近い。資源価格急落の恩恵を受けたのは主に大企業であることがわかる。8月のWTIは1バレル40ドルを割り込む場面もあり、8月の鉱物性燃料輸入額は一段減少するだろう。7-9月期では2兆円を越すコスト削減になり、売上原価を引き下げるだろう。売上が伸びなくても、原価の低下によって利益が出る傾向が続くことになりそうだ。