先週、円は5営業日連続で売られ、2008年9月以来6年ぶりの円安ドル高に戻った。ユーロ経済の悪化によって、ドル高ユーロ安に連れ安していたが、いつのまにか円が売りの標的となった。過去1ヵ月の値下がり率は、対ドルで円の5.0%に対して、ユーロとポンドは3.0%、3.3%である。円安ドル高の高進によって、日経平均株価は2週連続高となり、その間の値上り幅は500円を超え、今年1月第1週以来の高い水準を回復し、TOPIXは今年の高値を更新した。
これだけ円が売られることは、ユーロ経済以上に日本経済が深刻な状態に陥っているからだ。4-6月期の実質GDPはユーロ圏の前期比横ばいに対して、消費税の反動減が大きく影響しているとはいえ、日本は1.8%も減少している。7月、8月の経済指標が公表されているが、7月の第3次産業活動指数は前月と同じ前月比横ばい、鉱工業出荷のうち国内は前月比微減といった具合で回復にはほど遠い。8月の消費者態度指数や景気ウォッチャーもそれぞれ前月を下回り、景況マインドも改善していない。
米国経済は弱いけれども成長は持続しており、日本やユーロ圏のように成長が止まってしまうような局面ではない。来週には金融政策を決めるFOMCが開かれるが、利上げが早まるようなニュアンスの文言が挿入されることになれば、織り込みつつあるとはいえ、為替相場への影響はあるだろう。
経済の進行速度は遅いけれども、数%の速度で進行しているのであれば利上げは必要である。日銀やECBはさらに金融緩和したいのだが、これ以上金利を引き下げることはできない。来月、米国は債券購入を止めるが、日本は場合によっては、さらに追加措置を採る方針であり、ECBは来月から一部の債券を購入する。
米国はお金の供給を少なくする一方、日本とユーロはお金をさらに供給しようというのである。つまり米国ではお金の出る蛇口を少し絞るが、日本とユーロは蛇口を開けっ放しにしており、お金の値打ちが下がる政策を採っている。だから、相対的に希少なドルが買われ、円とユーロが売られているのだ。
マネタリーベース(MB)にお金の流量の差がよくあらわれている(MBが増えているからといって、必ずしも、非金融部門にお金がたくさん出回るわけではない)。8月の米MBは前年比19.9%増に対して、日本は40.5%も伸びており、20.6%も日本の伸びが高い。2012年5月以降、2年4ヵ月、日本が米国のMBの伸び率を上回り続けている。米国のMBの伸びが低下している半面、日本は依然40%程度の高い伸びが続いており、こうした日米のMBの差が為替相場にあらわれているのだ。
FRBは10月に債券購入を止めるが、日銀は債券購入を続ける。日本が米国を上回るMBの伸び率の差は、これからもっと大きくなるはずだ。日米のMBの差が大きくなればなるほど、他の事情に変化がなければ、円安ドル高が強まるだろう。
円安ドル高に日本の株式は反応しているけれども、いつまでもこの関係を維持していくことはできない。円安ドル高が日本経済を良くするのであれば、株高になるのはもっともなことだが、円安ドル高が日本経済を蝕むのであれば、株式は売られることになる。
昨年度の貿易赤字額は13.7兆円、前年度比68.5%も急増し、2011年度以降3年連続の赤字だ。数量では輸出は0.6%、輸入は2.4%の低い伸びであったが、2013年度の円ドル相場が前年度比21.1%も円安に振れたため、金額では輸出と輸入は10.8%、17.3%それぞれ増加した。すでに貿易赤字が定着しているところへ、円安ドル高が起これば、貿易赤字が拡大することは避けられない。
今年度8月までの円ドル相場は昨年度よりも3.2%さらに円安に振れている。いまのような円安傾向が続けば、年度では6%程度の円安になるだろう。円安は輸出よりも輸入を増やし、貿易赤字を拡大させる。7月の輸出は前年比3.9%増加したが、5月、6月は2ヵ月連続のマイナスであり、世界経済の低迷により、輸出の伸びは期待できない。ドル建て比率の高い輸入は円安により嵩上げされ、貿易赤字の拡大や原材料価格の高騰を招き、輸出価格競争力を削ぐことになる。
『法人企業統計』によると、2013年度の売上高は前年比2.5%と3年ぶりにプラスとなった。消費税値上り前の駆け込み需要が発生したが、意外に伸びは低い。売上高は2008年度以来の規模に拡大したが、2008年度を約100兆円、率にして6.6%下回っている。2008年度、2009年度と2年連続の大幅減からの戻りは弱い。売上高の伸びは低いが、営業利益は21.5%も拡大した。なぜ、これほど営業利益は伸びたのか。答えは簡単、人件費(役員と従業員の賞与、給与プラス福利厚生費)を4.86兆円、前年比2.5%削減したからだ。製造業の人件費は微減だが、非製造業は前年比3.3%削減した。人件費が2012年度と同じであれば、非製造業の営業利益は減益になっていた。2013年度の非製造業人件費は2004年度以来9年ぶりの水準に低下した。
製造業、非製造業をそれぞれ大企業と中小・中堅企業に分けて、営業利益の伸び率をみると、大製造業は67.2%と伸びが突出していることが分かる。中堅・中小製造業では6.2%しか増加していないのである。非製造業でも大の19.5%に対して、中小・中堅企業は7.0%と大の半分以下しかのびていない。
円安ドル高の恩恵を受けたのは大企業製造業だけであり、残りの部門は円安ドル高のプラス効果があったかどうかはっきりしない。現在進行中の円安ドル高も自動車などの一部の産業にとっては増益要因になるが、むしろ、貿易赤字拡大や原材料高といったマイナス要因がより強くあらわれ、下降しつつある日本経済に悪影響を及ぼすのではないだろうか。