日本経済はデフレから脱却できるか

投稿者 曽我純, 5月22日 午後6:41, 2011年

4月の米鉱工業生産指数は前月比横ばい、住宅着工件数は10.6%減、中古住宅販売も0.8%下回り、景気先行指数は0.3%低下するなど米国経済の状態は決してはかばかしくない。特に、住宅市場は冷え込んだままであり、一向に底を打ち回復するような兆しさえ感じられない。住宅市場が凍てついていることは、不良債権も解きほぐされていず、米国経済はまだ病みから立ち直れていないことでもある。このような経済の足取りをみてNYダウは3週連続安となり、国債利回りは3.14%に低下した。FOMC議事録によれば、FRBのバランスシート(5月18日時点、総資産2.76兆ドル)の圧縮は当分の間実施されず、異常な資金供給が続行されそうだ。こうしたFRBの姿勢を反映し、商品市況は持ち堪えている。米株安により日本株も2週連続で下落したが、GDPの悪化やデフレの進行など日本経済の状況をみれば、株価は十分に低い水準まで下落したとはいえない。

 

 

日本の名目GDPは1-3月期、前期比1.3%減と前期よりも0.2ポイント減少率は拡大し、2四半期連続のマイナスとなった。2四半期連続前期比減となったことにより景気後退が明らかとなった。過去4四半期でプラス成長は昨年7-9月期だけであり、日本経済は1年前から景気が悪化していたのだ。

 

1-3月期の名目GDPは469.4兆円と09年7-9月期以来6四半期ぶりの低い水準である。ただ、このレベルは株式・不動産バブルの崩壊が深刻になる1991年まで遡らなければならない。つまり、経済規模の観点からとらえれば、生活は20年も前に逆戻りしてしまったのである。

1-3月期のマイナス成長は大震災と原発の影響が大きく「日本経済の反発力は十分に強い」(与謝野経済相、19日)というが、地震と原発の人々に及ぼした精神的ダメージは大きく、消費マインドの改善には長い時間を要するだろう。4月の消費者態度指数(一般世帯、季調値)は33.1と前月から5.5ポイント低下し、2月比では8.1ポイントも落ち込んだ。こうした消費者のマインドの悪化は容易に癒されず、4-6月期の名目GDPもマイナスになるだろうし、そうなれば09年7-9月期を下回り、1991年1-3月期以来の経済規模になる。

2011年度のゲタは名目-1.3%である。マイナスのゲタだと、4-6月期以降相当高い伸びで推移しなければ2011年度の成長率はプラスにならない。4-6月期がマイナスになれば猶の事高い成長が必要だ。4-6月期に1.5%減少すれば、7-9月期以降前期比1%増加し続けても、2011年度の成長率はマイナスになる。

 

 

与謝野経済相のように、日本経済に反発力や成長力があるのであれば、疾っくの昔に反発し確かな成長経路に戻っているはずだ。20年間も自律的成長ができなかったのは、反発力も成長力も失せてしまったからである。

 

いまだに政官財の経済見通しは常に楽観的であり、最悪のシナリオを考えることを避けている。最悪のシナリオは「想定外」であり、彼らの頭からは抜け落ちているのだ。まさに経済も原発と同じ楽観的な想定に基づいて運営されているのである。20年以上も前と同じような楽観的思考が、日本をずるずる衰退させている因子になっていると考えられる。

1980年代後半に株式・不動産市場は超楽観的な見通しに酔いしれ沸きに沸いた。異常な経済指標が散見されていたが、多勢に無勢、掻き消されてしまった。資産市場は自己増殖の極致に達した後、自己崩壊へと突き進んだ。ユーフォーリアに陥ることは、ほかになにも見えなくなることであり、もはや正常な判断ができなくなってしまう。原発推進者も原発ユーフォーリアに陥っており、宗旨変えができないのはいまだにそのような状態に浸っているからだろう。

政官財による無謀な経済運営により90年代のはじめに、日本経済は行き詰まってしまったが、いままで推進していた原発政策が破綻したことにより、狭い日本の国土はさらに利用できる範囲が狭められ、経済活動も制約を受けることになる。

2四半期連続のGDPマイナスの事実は重く受け止める必要があるが、政府はそのようには捕らえていない。過去20年間もの長期経済衰退の経験が微塵も感じられない。大震災や原発の経済への影響はもちろんあるけれども、政策的刺激策が需要を先取りしてしまい、その後遺症があらわれているなど、それだけではない。楽観的見方しかできないことが、深刻な事態に陥っても、これは一時的であり、すぐに元に戻ると適当に計らうことになる。そうした単純思考が取り返しの付かない事態を招くことになるかもしれない。

 

 

需給ですべてを説明できるとする市場原理主義が、楽観的思考の後ろ盾となっている。経済の基本は、ほうっておくことがもっとも理にかなった結果になると信じ込んでいるからだ。経済成長率がマイナスになっても、価格メカニズムが働き、需要がいずれ増加し、景気は回復するというのだ。だが、2010年度のデフレーターは前年比-1.9%と過去最大の減少となり、これで1994年度以降、消費税率を引き上げた97年度を除きマイナスである。2010年度のデフレーターは88.3とピーク(93年度)から14.9%も下落し、物価は1980年度以来30年ぶりの低さである。物価が下がり続けることは需要の減少が止まっていないからであり、市場メカニズムがまったく機能していないことを裏付けている。

 

1980年代までにバブルの膨らみとともに、需要も拡大していったが、バブルの破裂とともに、需要も萎んでしまい、元の高い水準に戻ることはなかった。バブルが需要を先食いしたことに加え、人口問題が需要を縮小させたことを忘れてはならない。生産年齢人口(15~64歳)は1995年の87,165千人をピークに2010年には81,268千人に減少した。生産年齢人口の総人口に占める割合は1993年の69.8%がピークであり、2010年には63.9%に低下したようだ。さらに08年からは総人口も減少に転じたことが消費支出に大きく影響していることは間違いない。これから人口減はさらに拡大し、生産年齢人口比率は急速に低下するため、過去10年間の経験よりもさらに強いデフレ圧力を受けるだろう。

物価下落が需要を刺激するのではなく、物価の低下期待が現状の需要を引き下げるだけでなく、人口要因に基づく総需要の減少が需要曲線をどんどん左方にシフトさせている。これからは一層激しくそのような需要曲線のシフトが起こり、そのことが価格低下圧力をさらに強めると考えられる。一時的にはGDPが拡大することはあるけれども、需要減とデフレにより名目GDPの趨勢は右肩下がりになるだろう。

人口減がますます深刻化するなかでデフレを克服し、経済を回復させることは可能なのであろうか。1-3月期の名目最終消費支出は前年比2.0%減少した半面、設備投資は2.0%増加した。設備投資は増加したが、伸び率は2四半期連続で低下しており、消費支出のマイナスが続けば、設備投資も計画を削減するだろう。結局、民間部門に任せておけば、経済は反発するどころか、縮小過程から抜け出すことができなくなる。

前年度末の国債残高は642兆円程度だが、民間需要が落ちているときには、公的部門で経済を下支えするしかない。米国経済も公的支出で支えられてきたが、財政赤字削減に舵を取るため、経済の勢いは弱くなり、恐らく日本も外需に頼ることは難しくなる。巨額の国債残高を理由に新規発行をためらってはならない。家計は消費を絞り貯蓄を増加させており、最終的には国債で貯蓄を吸収せざるを得ないからだ。国の支出拡大で総需要を落とさないようにしなければならない。 

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曽我 純

そが じゅん
1949年、岡山県生まれ。
国学院大学大学院経済学研究科博士課程終了。
87年以降証券会社で経済・企業調査に従事。
「30年代の米資産減価と経済の長期停滞」、「景気に反応しない日本株」(『人間の経済』掲載)など多数