日本の内部崩壊を垣間見る年金運用

投稿者 曽我純, 4月1日 午後6:13, 2012年

日経平均株価は前週末を上回り、3週連続で1万円台を維持した。前年度末に比べれば3.4%増である。10年債利回りは3週間ぶりに1%を下回り、対ドルで円は安くなった。日本株の米株頼みの状況は変わらず、米株が上昇しなければ、さらなる上値は期待できない。S&P500の3月末値は昨年末比で12.0%上昇したが、日経平均株価はそれを超える19.3%も急騰し、いかにも行き過ぎであることがわかる。

過去3ヵ月のS&P500の業種別値上がり率トップは金融で21.5%も値上がりした。これはFRBのゼロ金利継続と買いオペによる資金供給が資金の卸売り業者である金融機関のコストを限りなく引き下げていることの結果である。卸売価格と小売価格の差が開いており、金融機関の利鞘は大きくなっている。資金の最終需要家にとっては、それほど資金コストは低下しておらず、金融機関だけが超金融緩和の恩恵に浴している。

08年の金融危機で金融機関は行き詰まったけれども、公的資金の注入等で救済され瞬く間に蘇り、収益は急回復、幹部は以前のような暴利を貪っている。市場主義といっても、事態が悪くなれば、経済全体が麻痺すると政府を脅し、平気で公的資金に頼る。事態が好転すれば利益を独り占めにする貪欲さ、これ米金融機関の本性なのである。

 米GDP統計によれば、2008年の金融部門の利益は前年比72.3%減の868億ドルに激減したが、2009年には3,595億ドルと07年を上回り、2010年は4,667億ドルと過去最高を更新した。2011年は4,447億ドルと4.7%減少したが、昨年の7-9月期以降2四半期連続の前期比プラスと回復傾向を示している。2011年、金融部門は国内総利益の29.4%を占め、米国経済では圧倒的な力を持つ。

金融危機後、金融機関の暴走に歯止めを掛けるための規制が打ち出されたが、いまだに成立するめどは立っていない。金融機関の抵抗により揉み消されることになるのだろう。結局、FRBも金融機関の一員なのである。ゼロ金利を継続しようが、買いオペで資金を金融機関に供給しようが、金融機関の収益を作り出すことができれば、そこから先のことはしったことではない、あとは政府に任せるとでも言いたいのだろう。

日銀も成長分野を支援するための貸出枠を5.5兆円に拡大した。成長分野を見つけることなどできはしないのだが、金融機関に無理やり貸し付ける。特に、大企業は十分な資金を保有しているので、期待できる分野があれば融資をうけなくても自己資金で対応できるのである。むしろ支援しなければならないのは家計部門であり、子育てという最も大事な分野に資金を貸し付けるべきではないか。

為替、株式、先物取引等に取引税を導入し、取引にはコストが掛かり、頻繁な取引を抑制し、投機を抑える必要がある。日本の株式市場の出来高は異常に多く、いまでもバブル化しているといえる。バブル崩壊後も政府と日銀は、低取引コストとゼロ金利によって株式市場をバブル状態にしている。単に、資金の出入りが激しいだけで、経済的にはなにの効果もない。このような虚しい売り買いが10年以上も続いているけれども、当事者はなにを変えるでもなく、日銭稼ぎに現を抜かしている。

政府、日銀は日々の鞘取りに一喜一憂する国民を支援しているようにも思える。だが、頻繁に取引しても手数料を取られ、おまけに損をし、精神的に疲労するだけだ。それほど株式や為替取引が稼げるものであれば、国民は仕事を止めて、毎日取引に熱中すればよい。そんなことをすれば、間違いなく日本はますます沈んでいくことになるのだが。

「貯蓄から投資へ」という標語も株式や為替取引に国民を誘った。結果は庶民の貯蓄を目減りさせ、いまもそのリスクに曝されている。投資で儲かり得をする、そのようなうまい話はないのである。日本経済の成長率はマイナスであり、そこではプラスの利益を生み出すことはできない。国の経済が小さくなっているなかで、利益を上げることのできる商品は稀であり、大半は減価している。

AIJ事件は特別だとは思うが、大なり小なり、運用機関には問題がある。一番の問題は、マイナス成長の国では、お金を増やすことはきわめて難しいということである。物価が低下しているので、お金は保有しているだけで、値打ちが上がるので、運用する必要がない。それでも運用するのであれば高いリスクを覚悟しておく必要がある。外国の株や債券を買うと為替が絡んでくるので、最終的にどのようになるか、まったくだれもわからないので、そのようなものには手を出してはいけない。

今、日本ではお金を減らす運用はできても増やす運用はできないのである。せいぜい現金か国債の購入かというくらいのことしかできないし、すべきではないのである。運用機関のうまい話を信じてお金を託せば、運用者の懐を豊かにするだけで、元本はどんどん食いつぶされていくことになる。年1%の運用報酬で10億円の運用を任せても、1年後の資産が10億円であれば、基金は9.9億円に減少する。このような運用状態が何年も続けば、どのようなことになるか、だれにでもわかるはずだ。AIJのように年金資金のほとんどを消滅させてしまっても報酬だけはせしめる。それでいて逮捕されない理不尽さ、運用機関は治外法権なみに保護されているのだろうか。

 金融知識に疎い素人を理事等に据えている多くの年金基金は、海外ヘッジファンドの鴨になっているのではないか。毎年、2%前後の高い固定報酬を差し引かれ(さらに成功報酬も)、元本は著しく損傷しているはずだ。年金基金を精査すれば多くの基金が運用業者に食い物にされていることが明らかになるだろう。

過酷事故は起こらないといって原発を稼動させているのとおなじように、いまだに多くの基金が現実離れした高い予定運用利回りを掲げている。予定運用利回りを引き下げると、企業は不足分を拠出しなければならないので、放置しているのだが、そのままにしておけば不足額はますます大きくなり、基金は立ち行かなくなるだろう。

昨年末の年金基金と公的年金の合計額は287兆円だ。1%の運用報酬でも2.87兆円もの金が運用業者に入る。だから運用機関は社員に高額報酬を支払うことができるのだ。中小零細企業から集めた年金を運用することによって、運用業者が甘い蜜を吸う構図になっている。資産を目減りさせても巨額の運用報酬が入るおいしい仕事である。まさに運用という名目で積み立てたお金が運用者の懐に入り、失われていくのである。年金基金は運用ではなく厳重な管理だけを心掛ければよいのだ。金融自由化によって年金の土台が崩れつつある。日本の内部崩壊がさまざまな分野で深刻になっているが、そのなかのひとつがまた浮き彫りになった。 

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