持続しない円安・株高

投稿者 曽我純, 11月27日 午後5:32, 2016年

米大統領選挙でトランプ氏が勝利したことにより、ドル高、株高の半面、債券安、商品安が進行している。TPP脱退、金融規制の撤廃、法人税率引き下げ、オバマケア廃止、公共事業拡大等の政策や国内重視の政治姿勢が企業収益を拡大するものと受け取られているようだ。だが、こうした政策は安倍政権がすでに実行してきたことだ。結果は不首尾に終わったと言って良いだろう。企業は内部留保を溜め込み、所得格差は拡大し、財政赤字はますます悪化した。個人消費支出の低迷は一層酷くなり、消費者物価指数の前年割れが続く。このような事態に米国経済も陥るだろう。米GDPはFRBの予測を下回ったままであり、思いのほか伸びない米国経済は今後、企業太りと所得格差拡大により、個人消費は伸び悩み、政治的対立が深まり、米国は経済も政治も大きく揺れるのではないだろうか。

大統領になる人があまりに品位に欠け、独裁志向が強いのであれば、早晩、米国社会は反トランプ勢力の台頭によって、政治的な対立が深刻化するだろう。人種差別や移民をめぐる問題でも、これまでの発言を思い起こすならば、これからも過激な言葉が聞こえてくるかもしれない。物議をかもすような人物に対しては拮抗力が強まり、米国社会の対立は激しくなり、混迷を深めるようになりそうである。

トランプ氏は思想的には右寄りであり、安倍首相やプーチン大統領とも馬が合い、相当、強引な政治スタンスを取るだろう。中国、北朝鮮は独裁体制の牙城だが、米国もそうした国に近づくように思う。政治権力が大統領に集中し、トップが独裁的になればなるほど、そうした国は弱体化していくことは歴史が証明している。

トランプ氏が向こう4年も大統領の地位を保持するならば、政治的にも経済的にも米国は現状を維持することはできないだろう。今の株高は一時的なものであり、年内もつかどうかもわからない。10月の米小売売上高は前年比2.1%の伸びにとどまり、10月の米鉱工業生産指数は前年比-0.9%とマイナスが続いている。7-9月期の米GDPは名目で前年比2.8%伸びたが、実質では1.5%とこれで4四半期連続の1%台の低い伸びである。個人消費支出は2%台で推移しているけれども、設備投資は1.2%減と3四半期連続の前年割れだ。財の輸入は0.1%と2016年第1四半期以降不振であり、国内需要の弱さを示している。

景気が良くなるだろうとの思惑で米債券相場は急落、先週末の利回りは2.36%と11月8日から50ベイシスポイントも上昇し、昨年末を上回り、名目GDPの前年比伸び率に近づきつつある。米国の主要株価指数は週末、過去最高値を更新、NYダウも大統領選後、4.5%値上がりした。NYダウの30銘柄のなかではJPモルガン・チェース、ゴールドマン・サックス、キャタピラーは10%を超す上昇をみせた。NYダウの4.5%上昇に対して、S&P500は3.4%、ナスダック総合は4.0%とNYダウを下回っている。欧州の株価指数はほぼ横ばいである。

米大統領選の結果が欧州株式市場には好材料とならなかったのとは対照的に、日経平均株価は同期間、7.0%も値上がりし、NYダウの上昇率を大幅に上回った。米大統領選後、対ドルで円は7%以上円安に振れたことが、日本株の急騰をもたらした。11月第2週、3週の外人買い越し額は8,806億円に達し、月間では1兆円を超えるだろう。円安日本株高の構図はまだ続いているのである。だが、トランプ氏の自国重視の姿勢に鑑みるならば、対米貿易で黒字の国の通貨が安くなることには我慢がならないのではないか。大統領選後の著しい円安ドル高に、いつトランプは反撃してくるのだろうか。

円ほどではないがユーロの対ドル相場も下落し、米大統領選後、ドル実効相場は3.7%上昇、ドル高で割高となったドル建ての商品相場は値を下げている。米国経済が本当に良くなっていくという期待が強いのであれば、商品相場は値上がりするはずだ。ドル高とはいえ、商品相場がまったく反応しないことは、本音では米国経済の先行きに懸念を抱いているからだろう。

急速な円安ドル高により、企業業績好転への期待が株高を推し進めているが、現状の日本経済は消費不振が続いており、経済の足取りは依然重い。10月の『貿易統計』によれば、金額では輸出入とも前年比2桁減、数量でもマイナスであり、国内と海外いずれの需要も弱いことがわかる。9月の『毎月勤労統計』によると、現金給与総額は前年比横ばいであり、消費マインドの改善など期待できない。消費者物価指数(生鮮食品除く)も10月、-0.4%と前年割れが続いており、日本はデフレ経済下にある。工作機械受注の前年割れは縮小していたが、10月は-18.2%とマイナス幅が拡大、特に、外需は22.4%も減少し、世界の設備投資マインドはなお冷え込んでいることが窺える。

7-9月期の日本のGDPにしても、名目は前期比0.2%伸びただけである(4-6月期は0.1%)。民間最終消費支出は-0.1%と2四半期連続のマイナスだ。辛うじてプラスになったのは、輸入の減少で外需の寄与度が大きくなったからである。これで外需の寄与度は5四半期連続のプラスである。一方、民需は376.8兆円、前期比-0.2%と2四半期ぶりに減少し、2014年第4四半期以来7四半期ぶりの低い水準だ。第2次安倍政権発足後の民需の足取りをみると、2014年第1四半期(385.0兆円)をピークに低下しつつある。

トランプ氏の気まぐれな発言により、日本の政治は翻弄されることになりそうだ。お伺いを立てるような態度で対応していては、次々に無理難題を吹っ掛けられるかもしれない。対米関係はTPPで梯子を外されたようなことがしばしば起こるだろう。日本の主体的な政治が問われるところである。

トランプ氏の出現で、円ドル相場の方向性はこれまでになく、予測が難しくなってきた。ある日突然、今の円安ドル高が反転するかもしれないという不安が頭をよぎる。トランプ氏の大統領としての手腕を見極めることができるまでは、為替や株式の取引リスクは極めて高いと言える。

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