29日、EU首脳会議でESM(欧州安定メカニズム)がスペインなどの問題になっている銀行に直接資本注入することことで合意したことから世界の株式は大幅に上昇した。会議の前日、独メルケル首相は共同債に断固反対の姿勢をみせていただけに、銀行への直接注入は市場を喜ばせた。だが、政府を通すにせよ、ESMを通すにせよ、ユーロ圏の負担にはかわりなく、銀行救済を続けていけば、EUそのものが借金漬けになる。不良債権の穴埋めという救済を積み重ねていけば、貴重な資金が本来使われるべき分野に届かず、日本のような惨めな経済になるだけだ。
5月の米個人消費支出が29日発表されたが、前月比横ばいとなり、過去3ヵ月ほとんど伸びていないことが明らかになった。6月のミシガン大学消費者センチメント指数も前月比0.9ポイント低下といった米国経済の牽引役である消費の停滞に目を瞑り、半年経過という区切りでもあり株式は燥いだ。EU首脳会議の合意は欧州債務問題を一時的に糊塗するにすぎず、多額の不良債権を抱えた金融機関を存続させる政策でしかない。EUや米国の経済指標が示す現実を直視すれば、とても米株式を買い増しすることなどできない。早晩、実体経済に対する株式の行き過ぎが是正されることになるだろう。
5月の日本の鉱工業生産指数は前月比3.2%減と2ヵ月連続のマイナスだ。在庫も減少したが、0.6%とわずかであり、依然在庫水準は高い。6月、7月は2.7%、2.4%それぞれ上昇すると予想されているが、おそらく実現しないだろう。6月の増加は電子部品・デバイスが14.1%も伸びると予想されているが、5月まで生産は3ヵ月連続で減少したにもかかわらず在庫は整理されておらず、前月比2桁も急増するとは考えられない。7月は電子部品・デバイスが引き続き伸びるほか、情報通信が19.0%増を見込んでいるが、5月の在庫が大幅に増えるなど、予測はあまりに杜撰である。さらに資本財(輸送機械を除く)の在庫水準が高く、今後、民間設備投資は下降していくだろう。
日本では26日、消費増税法案が衆議院を通過し、5%から10%へ税率は2倍に引き上げられ、10兆円以上の増税が実現に向けて歩み出した。昨年度の名目GDPによると、家計最終消費支出(持ち家の帰属家賃を除く)は232兆円、これに5%を掛けると11.6兆円になる。およそこれだけの金が家計から国に移転することになる。当然、家計は消費を切り詰め、すこしでも貯蓄にまわすはずだ。国は消費税増額をすべて使い切るけれども、家計は消費を削減するので、消費税増額がすべてGDPに上乗せされることはない。たぶん半分程度増えるだけではないだろうか。消費の削減は設備投資マインドを冷やし、消費増税による政府支出額を完全に打ち消してしまうだろう。
2%消費税税率を引き上げた翌年の1998年度の名目GDPは511兆円、前年比10兆円減少した。消費はそれほど減少しなかったが、民間住宅と民間設備投資が2.9兆円、7.3兆円それぞれ減少したからだ。名目GDPは1997年度をピークに減少し続け、昨年度は469兆円へと縮小した。これではいくら消費税を上げても、所得税や法人税が減少するので税収は増加しない。
国民所得に占める国税の割合は2011年度、12.3%と1990年度の18.3%をピークに低下しつつある。これは所得税の最高税率を1989以降段階的に引き下げ、07年には住民税と合わせた最高税率が50%と19年間で26%も引き下げられたからだ。法人税も昨年は30%と1986年に比べれば13.3%の低下である。こうした所得税と法人税の低下によって、国税の租税負担率は戦後最低の水準にある。
こうして引き下げられた所得税の最高税率を引き上げ、同様に、自己資本を溜め込むしか余剰資金の活路を見出せない法人にたいしても税を負担してもらわなければならない。所得税の最高税率の引き下げによって、金持ちはますます金持ちになる仕組みが組み込まれ、所得格差が拡大している。所得格差の拡大は消費を衰退させ、社会の不安定要因にもなっている。
日本の上位1%の所得占有率(The World Top Income Databaseよる)は2005年、9.2%と1992年の7.12%を底にじわじわ上昇しており、戦後最高を記録した。2007年の米国の上位1%の所得占有率は18.06%と1929年の大恐慌以来78年ぶりである。2010年は17.42%とやや低下したが、依然歴史的にみて異常な格差社会が続いているといえる。
こうした所得格差拡大は世界的傾向だが、世界経済の克服しなければならない課題である。所得格差が拡大したのは、市場主義を推進する過程で規制緩和に乗じた目ざとい事業で莫大な創業者利得を獲得したり、金融資産の増加によって資産運用ビジネスの隆盛などで巨万の富を築き上げたりすることができたからだ。だが、所得格差拡大は一握りの人たちが所得を得ることから、よほど富を散財しない限り、需要不足の原因となり、経済成長を阻害することになる。
日本の消費税増税は戦後最大の所得格差を一層拡大し、消費を窒息させてしまうだろう。消費税増税が行われなくても、人口要因が消費の維持を不可能にしているが、消費税増税はこれに拍車を掛け、設備投資の激しい減少を伴いながら、日本経済をこれまでにない縮小過程に乗せることだろう。